あ~ぁ すっかり濡れちまったな・・・・・・
イグニッションキーをOFFにすると同時に、4シリンダーは沈黙する。
0 を指したレブカンターを見つつシートから降りると、マフラーに落ちる雨粒がシュッ!という小さな音と同時に、これまた小さな蒸気となり、消えていく。
今日は雨になると 天気予報で言っていたけどね、来ちまった。
ヘルメットを脱いで、 歩いてその店へ近づくと、オシャレなテーブルと椅子の並ぶ小さなウッドデッキの下から 一匹の子猫が出てきた。
僕と同じですっかり濡れている。
メットをデッキの上に置き、僕は着ていたジャケットを脱ぐと、腕の中にそのこを抱きかかえた。
そしてジャケットを肩にかけて半分左側へずらし、小さな雨よけ空間をつくる。
どうやら捨て猫らしいが、このまま抱いて店の中へは入れない。
そのままそっとバイクのところへ戻ると、傾いた車体のシートに半分体を預け、もう一度子猫を見る。
ぶるぶると震えながら、小さな声で幾度か鳴いて、その後は僕の目をずっと見つめている。
首輪が付けられているけど、それには”この子をお願いします”とタグが付いていて、「これじゃ~飼い猫と間違えるだけだろ?」と苦笑する僕。
くたびれたアーリーアメリカン風のその喫茶店には 幌馬車の木製輪がぽつりと置かれ、 上と下に大きなガラスがはめ込まれている古ぼけた木製ドアは、 建物と同じアイボリーに彩られてる。
ただ、所々が剥げていて、木目がそのままむき出しになっている事が、独特の雰囲気を創りだしている。
この店は僕にとって思い出の場所で、「あの日もこんな日だったよな・・・・」、と空を見つめる。
秋の雨は優しくて、同時に冷たくも有り、 「それはね、月の涙から出来ているからなの・・・・」と教えてくれた彼女。
全て僕のせいだ・・・・今更ながら後悔しても時は戻らない。
こんなに濡れて、と 右手で子猫の背中を撫でると、柔らかい毛の感触が伝わり、同時に吸い込まれていた雨の感覚が手のひらに姿を現す。
無精してハンカチ等を持ち歩かない僕は、それをズボンのポケット辺りで拭うしかないのだけど、何度かやれば少しはこのこも乾くだろうと。
ふと、ポケットの中の感触に気がついた。 数日前に部屋の片付けをしていて、引き出しの奥から出てきたクォーター(25セント)のコイン。
そうだよな・・・・今日、この店に来たのはこれを還す為だった。
といっても相手はもういない。
手をポケットに突っ込んで握りしめ、取り出しながら開いてみると、銀色に輝くそれが姿を現す。
ぽつぽつと空から落ちてくる滴の一つがその上で弾け飛び、小さな輝きをたくさん造りあげていく。
アメリカのインディアン呪術師が 雨を練り込んだという不思議なコインらしいけど、果たして僕の人生をどう左右してきたのだろうか?なんて考えてみたけど、答えは出てこない。
指さきで、つるつると拭うと、それは満月の輝きと重なる様で、秋の雨は月の涙という言葉が又頭の中をかけめぐる。
コインを指でつまみ、 子猫の体にそっと触れさせ、 喫茶店のデッキの片隅まで歩いていくとそれを置く僕。
どうやらそれで、思い出は、良き思い出になりそうだなと・・・・ あきらめと満足感みたいな不思議な感覚を、僕にもたらしてくれる。
コーヒーを飲んで・・・・なんて考えていた僕だけど、この腕の中の子猫が温もりを取り戻しながら、僕の体温と中和していく間にそんな思いは飛んでしまった。
一緒に帰るか?と子猫にそっと囁いてみる。
ジャケットを再び着ると胸のジッパーを半分降ろし、 そこに子猫を包み込むと、スタンドを挙げてキーを回す。
再び起動した1300ccのエンジン音は、ドロドロした低いサウンドを地面に這わせ、軽くスロットルを煽ると レブカウンターの針は目の覚めるような早さで動く。
メットをかぶる前にもう一度空を見あげてみると、僕の瞳の中に小さな雨粒が弾け飛んだ。
そしてそれは、なぜか不思議と頬をながれていく。
「あの娘は今、幸せになっているだろうか?」と思うけど 1速に蹴り込んだ際に出るミッションサウンドは、「いい加減に前を向けよ!」と僕にささやく。
そうだよな・・・・ 「ありがとう!」と、誰に向けるでも無くぽつりと一言。
クラッチを繋いで走り出した先には、綺麗な夕焼け空がひろがり初め、その中に飛び込んでいく自分がここにいる。