なぎのあとさき

日記です。

花まっさかり

2005年04月09日 | 日々のこと



あちょぼ?

朝、シャワーから出ると猫の気配が少ない。
和室でモンチひとりうろうろ…窓が開いてる! 
網戸にかけたストッパーがゆるくて、
殿とビーコが自分で網戸を開けて、外に出ていた。

ツツジの植え込みの向こうに殿がいる。
うららかな春の陽射しに、(余は大変満足)なお顔。
とりあえず化粧水だけ顔につけて庭へ。
殿は(ふふん)とお隣の庭に入ってしまった。
うちはマンションの1階で、隣の庭との間には簡単なサクがあるだけだけど、
隣の庭には入れない。
「ゴーン、ゴーン、おいで、おいで」
殿は大変賢い猫で、私のところに行けば、家の中に戻されることを承知している。
だから私の手の届かない隣の庭に入って、
植え込みをくんくんやりながら、(あぁ、楽し…)とふらふらしている。

「ビー、ビー」。ビーの姿がない。
仕事前で時間がないので、シーバ作戦発動。
シーバの小袋を持ってきてふりふり。
すると、二つ隣の庭にいたビーが一目散に走ってきた。
「ビー、ビー! はい、いい子ちゃん」
ビーを連れて部屋に戻り、シーバをあげる。

「外に出なかったあんたが一番いい子ちゃん」といって、モンチにも分ける。
少し残したシーバ袋を持って庭へ。殿はお隣の庭を漫遊中。
「ゴーン」といって袋を振る。殿は食べ物につられる子じゃないけれど、
「ゴォーン、おいで、おーいで、ゴーンチン、いい子だから、ね~!」
という甘い声には弱い。
家の庭まで戻って来た殿をつかまえようとすると、逃げる。
逃げて、(ふふん)という顔。
殿は、必死になって追いかける私を見ると隣の庭へは行かず、
家の庭で逃げ回り、追いかけられるのを楽しむ。
殿は上品で動きがおっとりしてるので、
手の届くところにいれば捕まえるのは簡単で、
家の中に連れて戻り、残りのシーバをあげる。

「偉かったね、すぐ帰ってきて。おちょとたのちかったね、よかったね」
その後、猫が窓の外を眺めたり、
きびすを返して窓から離れたりしてるので見ていると、
庭師さんが農薬の散布を始めた。
今日が農薬散布の日だったなんて。猫たちが家に戻った後でよかった。
あったかくてうかうかしがちだけど、ちゃんとネジまかなくちゃ。
農薬散布が終わって、洗濯物を干す。
陽射しが夏。
ボブ・マーリィ『Lively up yourself』がしっくり。ビーが床にごろん。
アウターなしで出かける。

青い空に、桜が満開。
風にあおられて枝が大きく揺れている。
あまりの強風で、開いたばかりの花びらが散らないかとひやひや。
待ちわびていた桜。今は散るのが惜しまれる。

うちの会社の女子の間では、ぴあの占いが当たると評判。
Hさん「今週の占いに『二度と立ち直れないことが起こる予感』って書いてあって~、
それ読んだだけで立ち直れない感じですよ~」 ぴあ、それひどすぎ。

お昼、会社ビルの前の植木市を眺めて歩く。
ピンク、黄、青などいろとりどりの花。
クチナシの鉢があったので、匂いをかいでみた。
この匂いは、つナントカのお楽しみだけど、一足お先に。
お昼はおにぎり2個、春雨ワンタンスープ。
もうサンダルの女の子もいる。

家に帰るとダーがいた。
校了の中休みで2夜徹夜明けでパサパサした顔。
駅で買ってきたたこ焼きを食べながら黄金伝説。
ダーは鶏のしゃくれがお気に入りらしく、「しゃくれかわいい~!」とやたらいう。
殿は久しぶりにダーの膝に上がってとろけんばかりの顔。
卵スープと塩焼きそば。
ダーはスープを飲んでふぅ~、と落ち着いた。その後ダーは泥眠り。

最近ビーがモンチに「プシャーーッ!」と怒ってるのをたまに見かける。
モンチはちょっとヒマだとビーの顔にパンチしてみたり、
殿に抱きついてみたり。殿はけっこう相手してあげてるけど、
ビーは正直うざいらしい。
ダー「いいよ。モンチのチョーシは3割減くらいでちょうどいいんだから」
ま、ビーに怒られたところでモンチの調子が減ることはない。

「細雪」、花見のくだり、覚え書。
○年をとるにつれて、昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が、決してただの言葉の上の「風流がり」ではないことが、わが身にしみて分るようになった。

国語の授業で習った短歌で、今でも覚えている歌は、
ほとんどが花、もしくは恋心に関する歌。
今になって、何かを花に喩えた歌よりも、
花そのものを歌った歌がいいなと思う。例えば有名な

  久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ

「細雪」の姉妹のお花見コースは、祇園の夜桜、嵯峨~嵐山、
平安神宮の紅枝垂。
姉妹が花見のために、寒いうちから選びはじめる着物の描写も艶やか。
姉妹が見ていた桜の木は、今でも花を咲かせているのかしら。

○まさに春の日の暮れかかろうとする、最も名残の惜しまれる黄昏の一時を選んで、半日の行楽にやや草臥れた足をひきずりながら、この神苑の花の下をさまよう。(中略)一つ一つの桜樹の前に立ち止まって嘆息し、限りなき愛着の情を遣るのであるが、芦屋の家に帰ってからも、又あくる年の春が来るまで、その一年じゅう、いつでも眼をつぶればそれらの木々の花の色、枝の姿を、まぶたの裡に描き得るのであった。

桜のけしきを一年分、私も焼き付けておかなくちゃ。

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