なぎのあとさき

日記です。

あらくれ

2005年04月17日 | 映画の話(ネタばれ)

恋するときは命がけ、安定なんてつまらなくてイラついちゃう、
でも妾なんてまっぴら御免! というビッチ女の一生。

最初の男のときは秀子さんもまだヒヨッ子で、
どうしようもない男をどうにもできない。

次の男。雪国の旅館。屋根の雪が落ちて、自分の中のビッチに目覚める。
この男もろくなもんじゃないけど、
彼はビッチ女の虜になって優しさを見せる。
でも妾は嫌だから東京へ。

加東大介が出てきて、映画のトーンが変わる。
加東大介はどの映画でもそう。
「浮雲」でも、物語の真ん中あたりの伊香保のシーンで登場し、
陰鬱なトーンを変える。
加東大介なしであの映画を見続けるのは辛いかも。
「秋刀魚の味」でも、英治郎のラーメン屋の侘しい空気を一変させる。

で、「あらくれ」では、ビッチ女の旦那に!
「こいつは月のめぐりで…」といってぶつあたりで、
ついに旦那を持ったか、と思う。その後水をかける秀子さん。
やり手ビッチは旦那を持つと、やり手オヤジになっていく。

遠くで聞こえる太鼓の音、虫の声、雅楽みたいな音楽、
よく晴れた日に車を止めて大介と秀子が一服するシーン、
口喧嘩しながら二人でかき氷を食べるシーン、
2階の借り部屋で再開した二人が火鉢の上で手を握り合うシーンと二つ並んだ下駄、
ハイカラな服を着て自転車で走る秀子さん、
大介と秀子のとっくみあいの喧嘩がよかった。

かねてから恨みをかっていた女との喧嘩もすごい。
そこにこっそり靴をとりにきて、
喧嘩を止めずに逃げる加東大介は笑えるんだけど、
そんな彼とは、ずっと別れることはなさそうだ。

ラスト、颯爽と歩き去る後姿。明るい雨が降っていた。

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ゴッホ展 (国立近代美術館)

2005年04月17日 | 日々のこと

絵が見えないくらい分厚い人だかり、
人いきれ、ざわざわ話し声で、絵を見る環境じゃない。
いっそ入場制限して欲しかった。そしたら出直すのに。
人の頭越しに絵を見るなんて無理。空いてる絵から見る。

○悲しむ老人の絵…スゥエット上下で頭をかかえる老人。
基本がバッドな感じであまり悲しんでるようには見えず、なぜか親しみがわく。
○ミレーの模写…暖かい光に包まれた幸せそうな夫婦。
暖炉の前のニャンコがいい。
○モネのチューリップ畑…ひどい鑑賞環境でイライラする私たちを
癒してくれたポワンポワンな絵。
○労働者の食事風景…テーブルの下のお行儀のいいニャンコがいい。
○本の絵(3種)…家の中にあるものの調和。色がきれい。
○作者の名前がゴッホ(?)な花の静物画…赤い花がぼとぼとしてるのが
半月すぎの私たちにぴったり。
○窓のある風景…労働者が仕事をしている暗い室内から見た窓の外の光。
○テオに送った手作りの本…ボール紙で丁寧に表紙を作ってある。きれいな字。

閉館のアナウンスが流れてからようやく人が減りはじめ、
それまで人が多すぎて見れなかった絵を見る。

○レストランの中を描いた点描=写真…そこにあるテーブルやイス、
花瓶の花、後ろに張ってある絵、地図、すべてがかかわいくて美しくて、
世界は喜びに満ちている。
○グラジオラス(?)の花瓶の静物画…花と花瓶の白、赤の色がきれい。素晴らしい。
○黄色い家…海が出てこないのにビーチハウスみたいな光をたたえた建物の壁、
青い空の対照。
○夜のカフェの絵、夜の公園の絵、アイリスの絵…世界は美しく、素晴らしい。
○糸杉の絵…この辺りの絵は、じっくり見てると泣きそうになる。
隣には療養所の庭の絵も。
○マロニエの木…これも海は描かれてないのに、海の気配があった。
マロニエの木を一度見てみたくなった。
○夕暮れの絵、昼間の緑の絵…いろいろな人の影響を受け、
模写してきたゴッホだけど、ゴッホはゴッホ以外の誰でもない、
誰がみてもゴッホな筆致を編み出した。

後半、行きつ戻りつゆっくり見てたら最後集団になっていて、
後ろで係員たちが前の部屋に戻れないように人で壁を作りだした。
こんなことは初めて。
「閉館時間を過ぎています、ご退場ください」はともかく、
「帰ってください」といわれてCはキレて「うるさいよ」。
その後、立ちはだかる係員たちの壁を挑戦的に押しのけて、
戻って糸杉の絵を覗きこむCを見たらふき出してしまい、
手で口を押さえて前に進む。

本当にひどい展覧会だった。以下、問題点をいくつか。
○人を入れればいいってもんじゃないでしょ。入場制限するか、
上野の某美術館みたいに臨機応変に閉館時刻を遅らすか。
1500円っていうのは絵画展にしては高いのに、
見たいだけ見れないなら、日を改めた方がどれだけいいか。
○絵と絵の間隔が狭いせいもあり、
人の群はベルトコンベアーみたいに流れに乗って絵を見る。
目の前の絵に飽きてもそこからどかず、
次の絵を気にしながら列が流れるのを待ってる。ありえん。
人の歩調で絵を見る気がしれない。
点数は少なくてもいいから、絵の間隔を広くとって、
ベルトコンベアーを作らせないようにすべき。
○半分はゴッホの絵じゃないなら、「ゴッホ展」でなく
「ゴッホとその周辺」的タイトルにしてくれないと気構えってもんがあるのに。
テーマ性も感じられず。
○カップルの男のトンチンカントーク。
一緒に来てる人は後にして、目の前の絵と、
その絵を描いてる画家と対話したいのに、うるさいよ。
○係員(学芸員?)、疲れきって怖~い顔、あれが客に見せる顔? 
あまりにあからさまで笑っちゃったけど。

それもこれも皆ゴッホが大好きだから。
存命中は、絵が1枚しか売れなかったゴッホ。
生きている間に今ほどの爆発的人気を得ていたら、
彼はどんな絵を描いていたのか。今となっては誰にも分からない。
テオは、こんな日がくることを想像したことがあったのか。
きっとあったと思う。兄を信じて愛し続けたテオならば。

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