新しい参拝形式で靖国神社を参拝しよう

2010-08-13 07:39:27 | Weblog

 菅内閣は全閣僚が8月15日の敗戦の日に靖国神社に参拝しない方針だそうだ。閣議でそう申し合わせたのかと思ったが、仙谷官房長官がそうではないようなことを言っている。

 《全閣僚が靖国参拝見送りへ=菅内閣、終戦記念日に》時事ドットコム/2010/08/10-13:27)

 先ずは記事の解説。

 〈今月15日は、昨年9月の政権交代後、民主党政権として初めて迎える終戦記念日となる。自民党政権ではほぼ例年、現職閣僚が参拝してきたが、首相は就任後、閣僚の靖国参拝は好ましくないとの見解を示している。全閣僚の不参拝には、民主党政権の「アジア重視」の姿勢を印象付ける狙いがあるとみられる。 〉・・・・

 仙谷官房長官「閣僚の正式参拝は自粛しようというのが従来の日本政府の考え方だ。(参拝自粛の)この議論は閣僚間でしたことは一切ない」

 参拝自粛は閣僚間の申し合わせ行動ではなく、「閣僚の正式参拝は自粛しようというのが従来の日本政府の考え方」であり、そのような考えに添った個別決定行動だと言っているが、記事の解説の〈自民党政権ではほぼ例年、現職閣僚が参拝してきた〉と矛盾する。例えそれが正式参拝ではなくても、個人参拝を装った正式参拝が殆んどのゴマカシに過ぎず、このこともアジアから信用されない一つの要素となっているのだろうが、仙谷官房長官の発言はそのようなゴマカシに加担することになる。

 首相が6月15日の参院本会議で述べた考え。――

 菅首相「靖国神社にはA級戦犯が合祀(ごうし)されている。首相や閣僚の公式参拝は問題がある。首相在任中に参拝するつもりはない」

 首相でなくなれば、参拝もあり得ると受け取れる。

 岡田外相(8月6日の記者会見)「閣僚、特に外相が参拝することは不適切だ」

 これも閣僚の立場を離れた場合は参拝ありの発言と受け取ることができる。

 この記事では仙谷官房長官は、「(参拝自粛の)この議論は閣僚間でしたことは一切ない」と発言しているが、そうではないことが川端文科相の8月10日の定例会見での発言から窺うことができる。

 《8月15日の靖国参拝「内閣の申し合わせで…」「予定ない」と川端文科相》MSN産経/2010.8.10 12:03)

 川端文科相「内閣の申し合わせとして行くのはやめているので、それに沿って行動したい」

 参拝自粛は閣僚間の申し合わせ決定行動だと言っている。

 菅首相は3日前の8月10日の首相官邸での臨時国会終了後の記者会見でも、記者の問いに答えて参拝しない発言をしている。

 ――毎日新聞の平田と申します。今回、民主党政権になって最初の終戦記念日を迎えるということで、その前に日韓併合の談話を発表されて、閣僚の皆さんも全員靖国に参拝されないような話をされておられます。この辺について菅総理の思い、考え方というのを御説明いただけないでしょうか。

菅首相「私は総理在任中に靖国神社にお参りをすることはしないということを就任のときにも申し上げたところです。戦後65年経つ中で、この問題での長い議論がありますけれども、それをこの場で繰り返すことはいたしません。私の姿勢として明確な姿勢を最初からお示しをしておりますし、そういう姿勢について御理解をいただけるものと思っております」(首相官邸HP

 やはり在任中に限っての自粛と受け取れる。

 一方の野党第一党の自民党谷垣総裁は8月11日に党本部で記者団に対して参拝を宣言している。《谷垣自民党総裁:15日に靖国神社参拝》毎日jp/2010年8月11日 23時12分)

 谷垣総裁「私は総裁選で終戦記念日に参拝すると言って戦った」

 ここで記者の誰かが、総理大臣になっても参拝するのかと聞くべきだったと思うが、聞かなかったようだ。

 民主党の全閣僚が参拝しない方針を決めたことについて。

 谷垣総裁「それぞれの党の考え方がある」

 仙谷官房長官の最初の発言からすると、「党の考え方」からの参拝自粛ではなく、個人の「考え方」からの自粛となるが。

 前原国交相、8月10日の記者会見。《【靖国参拝】前原国交相「閣僚でいる限り、しない」》MSN産経/2010.8.10 12:43)

 前原誠司国交相(A級戦犯合祀を理由に挙げ)「民主党の代表時代、閣僚になってからも参拝していないし、この立場でいる限りは参拝をするつもりはない」

 閣僚の立場を離れたなら、A級戦犯が合祀されていても参拝する可能性あることを言っている。但し、A級戦犯分祀の場合に関しては次のように発言している。

 前原誠司国交相「国のために亡くなられた方々の御霊にご冥福(めいふく)をお祈り申し上げるために、責任ある立場であってもお参りさせていただく」

 閣僚であっても、分祀の場合は参拝すると言っている。

 靖国神社参拝口実を集約した定番は、「国のために戦って尊い命を捧げた方々、英霊を尊崇の念を以って追悼するのは後世に生きる者、国を受け継いだ国民の務めだ」といったところだろう。このように言葉どおりに言わなくても、そういった思いを込めているはずだ。

 何度もブログやHPに書いてきたことだが、戦前の日本の兵士は「国のために」のみ戦ってきたのではない。「天皇陛下のために」も戦ってきた。「天皇陛下、バンザイ―」と叫んで戦死し、玉砕していった。

 だが、国を受け継いだ現在の国民、特に政治家はこのことを消し去っている。いわば歴史を改竄して、「国のために」のみ戦ってきたかのように装っている。

 天皇に対する価値観が戦前と戦後では百八十度違っているから、実際には第一番に天皇陛下のために戦ってきたことに反して戦後、「天皇陛下のために戦って尊い命を捧げた方々、英霊を尊崇の念を以って追悼する」云々とは言えないのだろう。

 だが、戦前と戦後の“国”に関しては双方に連続性を持たせて、一体とした価値観で扱う矛盾を犯している。そのことは「国のために戦って」という言葉そのものに集約されている。このように言えるのは、戦前の「国」の価値を現在も容認しているからに他ならない。

 大体が「国のために戦って尊い命を捧げた」は称賛の言葉であり、戦う義務対象としている戦前の「国」をも当然、称賛する言葉となる。戦前日本の肯定である。

 その「国」とは天皇絶対主義を装った軍部独裁国家であった。そのような国のために戦い、戦った戦争が侵略戦争でありながら、「国のために戦って尊い命を捧げた」と称賛し、戦前日本国家を肯定する。

 戦前の価値観、実体に忠実に添うなら、次のような表現とならなければならないはずだ。

 「天皇陛下と軍部独裁国家のために侵略戦争を戦って尊い命を捧げた方々、英霊を尊崇の念を以って追悼するのは後世に生きる者、国を受け継いだ国民の務めだ」と。

 だが、戦前と戦後の日本国家の価値観に連続性を持たせて一体とする矛盾が残る。

 戦前の天皇絶対主義の軍部独裁国家と違って、戦後の日本は民主国家に生まれ変わった。国の姿を一変させたのである。「天皇陛下と軍部独裁国家のために侵略戦争を戦って尊い命を捧げた」と称賛することはできない。「尊崇の念を以って追悼する」こともできない。できないはずだ。

 侵略戦争でありながら、そのことに気づかずに、総動員の掛け声に乗って正義の戦いだと価値づけ、「天皇陛下のために、お国のために」と信じて戦い、命を落とした。「天皇陛下のために、お国のために」が実際は侵略戦争の戦いだったのだから、戦前日本の国家の犠牲となったと言える。

 戦前の非民主的な軍部独裁とは異なる戦後の民主主義の価値観に忠実に則って戦前の戦争とその戦争で戦死した兵士を追悼するとしたら、次のような追悼の言葉としなければならないはずである。

 「天皇陛下のために命を捧げよ、お国のために命を捧げよと唆されて、軍部独裁国家日本が企てた侵略戦争に同調し、国と共にアジアの国々とアジアの国民を悲惨な戦禍に巻き込み、多くの人命を奪い、自らの命を落とすことになった。戦後の日本が二度とこのような侵略戦争を起こすことがないよう、また戦後の日本国民がこのような侵略戦争に唆され、加担させられることのないような国づくりを目指すことをあなた方への償いとして誓います」

 こういった参拝こそが戦没者と戦没者を作り出した日本の戦前の歴史に対する誠実な態度の提示ではないだろうか。これを以て新しい形式の参拝とすべであろう。 

 兵士一人ひとりにとっては、また近親者にとっては、「尊い命」だったとは確かに言えるが、戦前の軍部独裁国家日本は「尊い命」として扱わなかった。国を守る戦争の道具、捨石程度にしか扱わなかった。そのような命の軽視の延長線上に軍による民間人保護義務の放棄がある。

 菅内閣の全閣僚靖国参拝自粛を批判する記事がある。《【主張】靖国と菅内閣 戦没者を悼む心はどこに》MSN産経/2010.8.12 03:14)
 
 その批判の根拠を次に置いている。

 〈昭和28年8月の国会で、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致で採択された。これを受け、政府は関係各国の同意を得て、死刑を免れたA級戦犯とBC級戦犯を釈放した。刑死・獄死した戦犯の遺族にも年金が支給された。旧厚生省から靖国神社に送られる祭神名票にも戦犯が加えられ、合祀されたのである。〉・・・・

 いくら関係各国の同意を得た釈放であったとしても、日本自身が戦争を何ら検証・総括をしないままの、当然何ら責任を明らかにしない上での「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」の全会一致採択であり、そこに見ることができる光景は何ら検証・総括しない、何ら責任を問わない無責任性そのものの光景であろう。

 いわば既に触れたように戦前と戦後の日本国家の価値観に連続性を持たせて一体とした全会一致の採択に過ぎない。侵略戦争を起し、日本の国土を荒廃させ、多くの兵士のみならず、多くの日本国民の生命を犠牲にしたばかりか、アジアの国々の国土と国民の命を蹂躙した責任を何ら問わない“釈放”だったのだから、これ程の無責任性はない。責任感のない日本民族と言われる所以がここにある。

 戦前の軍部独裁の価値観との一体性を断ち切って、民主主義の価値観に則るなら、昭和28年8月の「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」全会一致を歴史的な誤りとし、無効とする決議を新たに国会に問うべきであろう。

 記事は最後にこう書いている。

 〈自民党政権時代も、近隣諸国への配慮から、閣僚の靖国参拝は減る傾向にあった。以前は、首相が閣僚を率いて靖国参拝するのが恒例行事だった。このような光景を一日も早く取り戻したい。〉・・・・

 「国のために戦って尊い命を捧げた」と靖国神社で参拝するたびに戦前の軍部独裁国家日本の価値観、軍国主義を戦後の民主国家日本の価値観と連続性を持たせ、両者の価値観を一体とさせる。

 戦前の戦争を侵略戦争と認めたくない連中がゴマンといるということも頷ける。

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