――野田首相解散「近いうちに」を菅仮免退陣「一定のメドがついたら」の言葉の類似性から占う、その信用性――
昨日8月8日(2012年)夜午後7時半からの民自党首会談前の8日午後、民主党は両院議員総会を開催、そこで野田首相は自民党谷垣総裁が求める解散について次のように話している。
《民主両院総会での野田首相発言》(時事ドットコム/2012/08/08-19:57)
野田首相「自民党の関心事は、一体改革の実現後に解散時期を明示することだ。ここが一番問題だ。首相の専権事項、大権として、解散時期を明示することはどんな事情があってもできない。先例もないし、大事な局面だがあってはならない。
政局に絡む話を公党間で協議して確認文書を作るのも、私はふさわしくないと思っている。自民党として内閣不信任案を出すのか出さないのかぎりぎりの段階を迎えている。皆さんにさんざん苦労を掛けて3党合意を結び、あと一歩まで来ている。何としてもこれはやり遂げたいし、できれば自民、公明両党にもそれを確認していただきたい」――
解散は「首相の専権事項、大権として、解散時期を明示することはどんな事情があってもできない。先例もないし、大事な局面だがあってはならない」と言っているが、ではなぜ、谷垣総裁以下自民党は「首相の専権事項、大権」を侵すことになる解散時期の明示を求めているのだろうか。
ここに一つの疑問がある。
藤村官房長官も8日午前の記者会見で野田首相と同じ趣旨の発言をしている。《【政治混迷】藤村官房長官「時期明示はあり得ない」 今日中に党首会談の見通し》(MSN産経/2012.8.8 11:44)
藤村官房長官(自民党の衆院解散時期明示要求に対して)「常識的にあり得ない。あくまでも野田佳彦首相が決めることだ。確約を求める方も無理があると承知していると思う」
要するに谷垣総裁以下自民党は「常識的にはあり得ない」ことを要求していることになる。
この疑問はどう解いたらいいのだろうか。
経済界からも同趣旨の発言が出ている。《一体改革関連法案めぐり政局混乱 経済界から批判相次ぐ》(FNN/2012/08/08 23:50)
米倉経団連会長の発言も伝えているが、異なる趣旨で発言しているゆえに省略。
長谷川経済同友会代表幹事「明確に、『いついつまでにやる(解散する)』と言ったら、総理としての政治生命は終わり。それを本気で求めること自体、無理がある。しかもパブリックで。無理筋、大人の知恵を働かせて、ましな方法を考えたら」――
だが、谷垣総裁以下自民党は「本気で求めること自体、無理がある」「無理筋」の解散時期明示を求めた。
この場合の「筋」とは「物事の道理、筋道」を意味する。いわば「道理として無理がある」、あるいは「筋道が通っていない」ということになる。
2つ目の疑問の発端は野田首相の8月1日、首相官邸で支持母体である連合の古賀会長との会談発言に発している。《首相“一体改革と予算編成に全力”》(NHK NEWS WEB/2012年8月1日 22時6分)
野田首相「引き続き、社会保障と税の一体改革の関連法案の成立に全力を尽くしたい。また、一体改革と同時に達成しなければならないのが日本経済の再生であり、平成25年度(2013年度)の予算編成では、環境、健康、農林漁業などに予算を重点的に配分したい。衆議院の任期中、最後の予算編成となり、政治主導でやり抜きたい」――
政府予算案は毎年1月中に国会へ提出し、3月末日までに成立させる法律の規定がある。
いわば「平成25年度(2013年度)の予算編成」を「政治主導」が口先だけで、官僚主導で終わろうと何だろうと、「やり抜きたい」と言っていることは、成立を見届けて、ハイ、解散ですということは余程の突発的な事態が発生しない限りあり得ないことで、予算執行にまで視野を向けた意欲表明と見做さざるを得ず、衆議院議員任期満了の2013年8月29日まで政権担当を意思表示した発言であろう。
この憶測が当たっていないとしても、来年の3月まで政権の座に就いていることを意図しているはずである。
野田首相のこの発言が消費税増税案その他の法案成立後の早期解散を求めていた谷垣自民党総裁を痛く刺激したのは誰もが承知のとおりである。《自民・谷垣総裁「けんか売っているのか」と激怒 首相の解散先送り姿勢を強く牽制》(MSN産経/2012.8.2 18:34)
記事題名は「解散先送り姿勢」と書いているが、“解散なし姿勢”の可能性すらある。内閣支持率や民主党支持率の現状からしたら、衆院任期終了まで解散しなくて済むなら解散したくないと思っているはずだ。
谷垣総裁「首相の足元の状況を見ると、来年度の予算編成なんておやりになる力はもう残っていない。足元をよくごらんになる必要がある。
(予算編成への協力について尋ねられて)俺に喧嘩売っているのかという気持ちを正直、持っている」
ここでの「俺に喧嘩売っているのかという気持」とは、来年度の予算編成までやるのか、じゃあ、解散はいつになるんだという不快感、あるいは怒りが誘発した感情であるはずである。
いわば来年度予算編成が解散時期を不明確にすることからの不快感であり、怒りであろう。
果たして何らの解散密約がなくして、「俺に喧嘩売っているのか」といった不快感、あるいは怒りを誘発するだろうか。誘発されるとしたら、何の根拠もない感情ということになって頭のおかしい男と見られる。
そして社会保障・税一体改革関連法案が成立した場合には今国会中に衆院を解散すべきだとの考えを示したという。
第180回今国会会期末6月21日が79日間延長、9月8日までの解散を要求したということである。
解散が「首相の専権事項、大権」でありながら、このように要求すること自体が解散の密約がなかったとしたら、疑問が生じることになる。
だが、谷垣総裁は当然の要求のように早期解散を求めている。解散の密約を前提としなければ、当然だとする態度を取ることはできないはずだ。
ところが野田首相が「不退転」を言い、「決める政治」を言いながら、早期解散に道筋をつけるために自民党が法案の参院採決8月8日を求めたのに対して民主党は8月20日以降採決の提案に出た。
平成25年度(2013年度)予算編成にまで意欲を見せたことと併せて、当然、採決先送り=解散引き伸ばしの疑心暗鬼が生じる。
そこで自民党は消費税増税法案その他の参院賛成と引き換えに野田政権が解散に応じる確約を示すよう求めた。求めに応じなければ、法案の参院反対ばかりか、衆院内閣不信任案の提出、参院問責決議案の提出までちらつかせた。
民主党からのその回答が8月8日朝の民主・自民・公明3党の国会対策委員長会談で示された。《自民 現状では党首会談応じられない》(NHK NEWS WEB/2012年8月8日 12時22分)
民主党の提案は、民自公3党の党首会談の開催を打診、党首会談の席で、野田首相が「社会保障と税の一体改革の関連法案が成立したあかつきには、近い将来、信を問う」という考えを示すというものであった。
2つ目の疑問とは、「近い将来」という曖昧な期限設定ではあっても、解散時期を提示したことである。何月何日と決めた明示ではなくても、そこに一定の期限を設定して解散を制限することは「首相の専権事項、大権」そのものを制限することになり、当然、首相としての自身の政治行動にまで制限を加えることになる。
解散時期を提示したことの疑問の中には、なぜ提示を断らなかったのかの疑問も含まれる。国対委員長会談で民主党国体委員長に民主党両院議員総会の野田首相自身の発言である「首相の専権事項、大権として、解散時期を明示することはどんな事情があってもできない。先例もないし、大事な局面だがあってはならない」という言葉をそのまま伝えさせて、解散時期明示はできない相談であるとなぜ拒否しなかったのだろう。
「社会保障と税の一体改革の関連法案」を参院で成立させるための妥協だとするのが以上の疑問を解く分かりやすい説明になるが、ではなぜ衆院で賛成した同じ法案を自民党の8月8日参院採決案に対して民主党が8月20日以降採決を持ち出し、野田首相が古賀連合会長と会談、2013年予算編成に意欲を見せた途端に強硬に解散時期の明示を求め出したのだろうか。
解散は「首相の専権事項、大権」でありながら、解散時期を法案成立の妥協の道具に使うこと自体が異常である。
但し自民党が民主党の要求に応じて「社会保障と税の一体改革」の修正協議に参加するそもそもの時点で法案成立の暁には解散するという密約があったなら、その時点で既に法案成立の道具にしていたのであり、自民党が解散は「首相の専権事項、大権」でありながら、「無理筋」の解散時期明示を求めたとしても、「無理筋」ではなくなり、最も至極尤もな要求ということになる。
そして8日午後7時半から野田首相と谷垣自民総裁が国会内で党首会談。
ここでも両院議員総会で発言したように「首相の専権事項、大権として、解散時期を明示することはどんな事情があってもできない。先例もないし、大事な局面だがあってはならない」との発言で谷垣総裁の解散時期明示を断らなかった。
ではなぜ、両親議員総会でこのような発言をしたのだろうか。考え得る理由は建前上、このように発言せざるを得なかったということだろう。
だが、両院議員総会の自分の発言を自分から、無意味としてしまった。
国会対策委員長会談で提示した「社会保障と税の一体改革の関連法案が成立したあかつきには、近い将来、信を問う」が、「近いうちに信を問う」へと、漠然とした広範囲な時間帯から手前により引き寄せたより狭い時間帯の提示で公明党も加わって3党合意に至った。
かくまでして「社会保障と税の一体改革の関連法案」の参院成立に解散時期の提示を必要とした。
参院成立のみに必要として、衆院成立時には必要としなかったのはなぜなのだろう。
最後の疑問となる。法案成立と交換の解散の密約があったからだとしなければ疑問は解けない。
だが、その密約が衆院成立後当てにならなくなった。確認書の形で紙に書いて残して露見した場合、政治的な一大スキャンダルとなる。口頭で交わすしかなかったはずだ。
野田首相は口頭をいいことに、と言うよりも、解散できる状況になかったことと、露見したら一大スキャンダルとなる密約であるために谷垣総裁の方も露骨に解散を要求できまいと高を括って解散先送りの挙にそろり、そろりと出たといったところではないのか。
但し谷垣総裁にしても自身の自民党総裁という進退がかかっているから、解散先送りを見過ごすことはできない。第三者には「無理筋」と見える解散時期明示ではあっても、新たな何らかの確約を得ないわけにはいかなくなった。
しかし密約は密約だから、その存在自体を暴露するわけにはいかず、「近い将来、信を問う」を「近いうちに信を問う」の不確かな“確約”に代えるのが精一杯だった。
《党首会談後の谷垣総裁会見要旨》(MSN産経/2012.8.8 23:46)
谷垣総裁「社会保障と税の一体改革関連法案は速やかに成立させる。この法案が成立した暁には、近いうちに国民の信を問う。この2点を確認した。
重い言葉と受け止めている。解散の確約でなくてなんなのか。必ず信頼に応える行動をしていただけると思っている。民主、自民、公明3党合意の責任を誠実に果たす。衆院選の「1票の格差」是正は今国会中に当然やらなければいけないと思っている。
野党6党が提出した内閣不信任決議案と首相問責決議案については、可及的速やかに一体改革関連法案を成立させるのに支障のない対応を取らないといけない。自民党独自の不信任案と問責案は当面は提出しないが、事態の推移によってはいろいろあり得るかもしれない」
「解散の確約でなくてなんなのか」が精一杯の不確かな時期明示であることは輿石民主党幹事長の発言が証明してくれる。
《玉虫色決着、火種残す=「近いうち」解釈に違い》(時事ドットコム/2012/08/09-00:22)
輿石幹事長「『近いうち』にこだわる必要はない。一人一人解釈してもらえばそれでいい」
ここで思い出すのは2011年6月1日野党提出の内閣不信任決議案が与党民主党内同調の動きが出て可決の情勢にあったときの菅仮免の取った行動である。
6月2日午後採決の午前中に鳩山前と会談、民主党内造反予定組の賛成から反対への態度変更を交換条件に自らの退陣を約束した。
契約の内容は次ぎのとおり。
▽民主党を壊さないこと
▽自民党政権に逆戻りさせないこと
▽大震災の復興並びに被災者の救済に責任を持つこと
〈1〉復興基本法案の成立
〈2〉第2次補正予算の早期編成のめどをつけること
確認書を取り交わしたが、菅は言葉巧みにサインをしなかった。
そのうち「第2次補正予算の早期編成のめど」がついたならが、「一定のメドがついたら、退陣する」に変わり、その「一定のメド」がいつなのかは決して明示しなかった。
だが、明示を求める声がやまず、6月27日の記者会見で、確認書の「第2次補正予算の早期編成のめどをつけること」とした退陣時期を大きく逸脱させる図々しさを見せて、「今年度第2次補正予算案の成立、再生可能エネルギー特別措置法案の成立、特例公債法案の成立」を挙げて、これを以て「一定のメド」とし、さんざん居座った末に2011年9月2日に退陣している。
野田首相は菅仮免同様に可能な限りの解散引き伸ばしに出るだろう。自身の地位よりも民主党自体の存在がかかっているからだ。次期総選挙で大方が予想しているように民主党が大惨敗した場合、「民主党は議席を大きく減らして歴史的な政権交代を短期間で終わらせることになったが、消費税増税を果たしたのだから」と、その成果は慰めの対象となるだけのことだろう。
但し消費税増税で日本の経済を現在以上にダメにしなければの話しである。
しかも消費税増税が当たり前になると次第に忘れられて、折角果たした政権交代を無にして政権を失った首相としてのみ名を残すかもしれない。