森本防衛相の李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島訪問に関わる記者会見発言が波紋を呼んでいる。 《森本防衛大臣会見概要》(防衛省HP/平成24年8月10日 09時31分~09時50分)
韓国の李明博大統領が日本側の中止要請にも関わらず、8月10日、韓国実効支配、日韓領有権対立の竹島(韓国名・独島)を訪問した。
インターネットで調べたところ、日本の外務省が韓国大統領竹島訪問を把握したのは8月9日午後5時頃で、李明博大統領が竹島に上陸した時間は8月10日午後3時前だそうだ。
森本防衛相はその訪問日と同じ日の午前中の記者会見で記者から李明博大統領の予定している竹島訪問について聞かれた。
以下の発言を防衛相HPから竹島に関係する個所のみ採録。
記者「竹島の関係で、直接は防衛省と関係ないかもしれないのですけれども、李明博大統領が間もなく大統領府を出発するという情報もあるのですが、竹島に上陸した場合に防衛省としてやりうる対応策というのは、どういうことがあるでしょうか。警戒監視とか、通常の情報収集ということではないかと思うのですが」
森本防衛相「報道がある事は知っていますが、我が方は今、事実を確認しようとして情報収集に努めてまいるところです。実際に報道通りであればどうするのかということは、関係省庁と連携して我々の対応を今後決めていきたいと、この様に考えております」
記者「竹島の話に戻るのですが、この時期に韓国の大統領が竹島入りするという動きがあることそのものについて、大臣ご自身どのようにお考えでしょうか」
森本防衛相「日本の防衛政策というのと少し次元の違う話なので、個人的な印象を申し述べるのは控えたいと思いますし、防衛省・自衛隊がこの問題にすぐに何かしら対応するということではないので、そういうことも特段のコメントは控えたいと思います。
普通日本人の方が普通に考えられて、これはやっぱり韓国の内政上からくる要請によるものだと皆さんが感じておられるとおりの印象を私は個人としては持っておりますが、それは韓国が内政上の判断でお決めになったことだと思います」
記者「竹島に関してなのですが、是非、安全保障の専門家の見地から教えてもらいたいのですけれども、島の領有権を巡るナショナリズムというか、そういう動きが北方領土もそうですし、日本の尖閣の購入というのも影響しているのではないかという気はするのですが、そういった今の情勢についてどのような懸念というのをお持ちでしょうか。
森本防衛相「島と簡単におっしゃいますが、我が国にとって北方領土、それから竹島というのは、これはいわゆる外交案件としての領有権問題だということで、従来から話し合っているところですが、尖閣は繰り返し我が国政府が申し上げているように、法的に歴史的に見ても日本の固有の領土であることに一点の疑いもないので、日中間に領有権問題はないということなので、尖閣諸島を我が国は領有権問題だと考えてはおりません。したがって、3つの島を比べてお話になりましたが、必ずしもステータスが同じとは言えないと思います。一般論として、我が国が領有権を主張している限り、我が国の固有の領土を自らの手で守るために必要な法的措置もとり、実効支配を強めるために政府として努力するというのは、いわば当然のことだということだと思います。
記者「尖閣購入という動きが、そういった外交の手法が周辺国を刺激して、今回の韓国国内の世論に火をつけているという見方はできないでしょうか。
森本防衛相「私はこの問題は所管でもないので、問われればストレートに答える以外に私にはなかなか方法がないのですが、今ご質問の購入することが外交問題とおっしゃったのですが、私は何となくそう思わなくて、購入をしてどう手続きするかは日本の国内問題で、これは外交問題ではないと私は理解しています。
記者「先程の竹島に関する感想のところで『内政上の要請だ』というふうにおっしゃったのですが、それは大統領がそのような要請で動かれているという見方なのですけれども、その上で大臣はそのことについてどのようにお考えでしょうか。
森本防衛相「それは全ての国に内政があって、日本にも日本の内政があって、他の国の内政に他の国がとやかくコメントすることは控えるべきことなのではないかと思います」(以上)
記者に問われて、竹島が日韓の領有権問題に関係していることは答えているが、李明博韓国大統領の竹島訪問自体は「韓国の内政上からくる要請」であり、「全ての国に内政があって、日本にも日本の内政があって、他の国の内政に他の国がとやかくコメントすることは控えるべきことなのではないかと思います」と言って、領有権問題と何ら結びつけずに韓国の内政問題で片付けている。 《森本防衛大臣臨時会見概要》(防衛省HP/平成24年8月10日 14時13分~14時15分)
「韓国の内政上からくる要請によるものだと皆さんが感じておられるとおりの印象を私は個人としては持っております」と言っていることは、「皆さん」とはマスコミの記者を指しているのだから、既に各マスコミが感じたまま報道している訪問の狙いと同様の感想だという意味となる。
8月10日5時50分発信の「NHK NEWS WEB」記事――《韓国大統領の竹島訪問 中止を要請》はその狙いを次のように伝えている。
〈イ・ミョンバク大統領のねらいは
イ・ミョンバク大統領が竹島訪問を計画した背景には、韓国の国民の民族感情に訴えることで、失いつつある求心力を回復しようというねらいがあるものとみられます。
任期が残り半年余りとなったイ・ミョンバク大統領の周辺では、最近、国会議員だった兄や側近たちの不祥事が続いていて、政権の求心力の低下に歯止めがかからなくなっています。
一方、韓国国内では、竹島やいわゆる従軍慰安婦の問題を巡って日本に対する世論が厳しくなっており、去年12月には、韓国の市民団体がソウルの日本大使館の前に問題を象徴する銅像を設置し、京都で行われた日韓首脳会談ではイ・ミョンバク大統領もこの問題への対応を日本側に強く迫っていました。
韓国の野党は日本に対してさらに強く出るべきだと主張しており、イ・ミョンバク政権の日本への対応は、12月に控える大統領選挙での与党候補の戦いに影響を及ぼしかねない情勢となっています。
韓国では今月15日が日本の植民地支配からの独立を記念する日で、国民の民族感情が一段と高まる時期を迎えています。
イ・ミョンバク大統領としては、こうした時期に、歴代の大統領が避けてきた竹島訪問に踏み切ることで、国民感情に訴え求心力を回復するとともに、大統領選挙で野党が勢いづくのを抑えたいというねらいがあるものとみられます。〉――
いわば森本防衛相は李明博大統領竹島訪問の狙いをマスコミと同様の解釈をした。
だが、上記記事は前段で、〈政府は、竹島は日本の固有の領土であり、訪問すれば日韓関係に重大な影響を及ぼすとして、韓国側に対し、訪問を止めるよう求めています。〉と訪問が領有権問題に関わってくることを伝えている。他の記事も同様の扱いをしているはずだ。
当然、政府の閣僚の一員である以上、マスコミが伝える訪問の狙いと同様の解釈のみで終わるのではなく、そこから一歩踏み出して、領有権問題と結びつけて一言言及があるべきだった。
つまり評論家であるならいいが、閣僚の立場からしたら、「韓国の内政上からくる要請による」竹島上陸であっても、日本の外交・内政とは無関係の韓国の内政問題のみで終わらせてはいけなかったということである。
更に悪いことは、マスコミが内政上の狙いと同時に領有権問題として扱っているにも関わらず、森本防衛相は領有権問題として扱わずに韓国の内政上の問題としたのみだったのだから、マスコミ以下の解釈能力しかなかったことになる。
このような解釈能力は評論家としても問題で、評論家以下としなければならないが、以下であろうと以上であろうと、現在は評論家ではない。閣僚としての解釈能力に関わる責任問題が浮上することになる。
解釈能力の閣僚としては素人同然の、評論家として見た場合でも問題がある、このような姿勢に野党は反発、批判を繰り出すことになったのだろう。
森本防衛相は午後の記者会見で釈明している。
記者「韓国の李明博大統領の竹島訪問についての大臣の午前中の発言が、野党側からの反発の声が広がっていますけれども、改めて真意をお伝え願えますでしょうか」
森本防衛相「本日、韓国大統領が竹島を訪問したという事ですが、これは我が国の竹島に関する基本的な立場と全く相容れず、我が国としては決して受け入れられないという趣旨です。他方、どうしてこの時期に韓国大統領が訪問されたのかということは、私は多分、内政上の要請があったのだろうという推測を申し上げたのであって、竹島問題が韓国の内政問題だと言った覚えはありません。そもそも、竹島問題は日本にとって北方領土と並んで重大な領有権問題でありますので、これは外交交渉によって解決されるべきであると、このことに変わりはないと思います」
記者「大臣、野党側が問責決議案を出すという構えも見せているのですが、そういった御自身の発言が伝わっていないということについて、改めて」
森本防衛相「正しく説明する必要があると思いますので、要請があれば参って説明するつもりです」(以上)
初めてここで韓国大統領竹島訪問と日本の領有権問題を結びつけている。
あとからの訂正であって、この訂正は最初の認識を補うものとはならない。このことは次の発言が証明する。
「どうしてこの時期に韓国大統領が訪問されたのかということは、私は多分、内政上の要請があったのだろうという推測を申し上げたのであって、竹島問題が韓国の内政問題だと言った覚えはありません」
確かに言葉通りには竹島問題は「韓国の内政問題」だとは断言していない。だが、李明博韓国大統領の竹島訪問を「韓国の内政上からくる要請」であることにとどめ、領有権問題と結びつけなかった点は、「韓国の内政問題」としたことと同じであるはずであるし、比喩的にも「韓国の内政問題」だと言っている。
午前の記者会見で次のように発言している。「全ての国に内政があって、日本にも日本の内政があって、他の国の内政に他の国がとやかくコメントすることは控えるべきことなのではないかと思います」
「他の国の内政に他の国がとやかくコメントすることは控えるべきことなのではないかと思います」と言っていることは、李明博大統領竹島訪問を「韓国の内政問題」とのみ認識していたからこそであろう。
「韓国の内政問題」だと言っていることと全く同じである。
それを「竹島問題が韓国の内政問題だと言った覚えはありません」と狡猾なゴマカシを働かす。
評論家なら許されるゴマカシかもしれないが、閣僚である以上、その解釈能力・認識能力と共に自身の言葉に責任を持たない、それゆえに自身の言葉を軽くする無責任は問われなければならないはずだ。
評論家以下の解説をしただけではなく、自身の言葉に責任を持たないゴマカシまで働いた。
日韓間に竹島の領有権問題が浮上し、何か一言ブログ記事にしようとすると、私自身の竹島に持つ主張を明らかにしなければならない義務感に駆られる。一般的な日本国民同様に竹島は日本の領土だとストレートに主張する立場に立っていないからだ。
このことは2008年7月19日当ブログ記事――《日本民族優越論そのままに日本人が優秀なら、竹島は韓国領有とせよ - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》に書いてある。
日本民族優越論そのままに日本人が優秀なら、世界のグローバル化を活用して広く海外進出を果たし、世界全体を機会実現の領土とすることができたなら、竹島の領有権争いは小さな問題になるというテーマで書いてある。
竹島と併せて、〈中国との間の尖閣列島の領有権も問題も、小さく見えてくる。〉と書いてあるが、中国の尖閣諸島領有意志は中国の海洋覇権主義に則った欲求であり、その欲求を少しでも増長させたなら、南シナ海の島々に対する現在の海洋覇権主義に際限もなく自信を持たせることにつながるだろうし、チベットやウイグルの中国からの独立を支持している立場からしても、領土拡張意志とは正反対の領土縮小の選択肢を意志させるためにも尖閣諸島は日本固有の領土であることを認めさせる必要がある。
だとしても、日本人が海外に出て世界全体を機会実現の領土とすべきとする考えと比較した場合、竹島問題も尖閣問題も小さな問題に見えることを事実としている。
インターネット上の、〈アメリカの科学者の12%、医師の38%、NASAの科学者の36%、マイクロソフトの従業員の34%、IBMの従業員の28%、インテルの17%、ゼロックスの13%がインド系アメリカ人。〉という記述を見るにつけ、人口が多いということもあるだろうが、その思いは強くなる。
だが、思想面での日本人の実態は逆を行っている。
《“将来のリーダー”はインドで鍛えろ 国際競争生き残りにかける日本企業》(MSN産経/2012.8.1 21:59)
企業が主体となって日本人社員を海外に送り出そうとしている。
冒頭記述。〈入社間もない社員を海外で育成する海外トレーニー(研修員)制度を導入する日本企業が増すなか、新興国のインドへ若手を派遣する会社が増えている。ビジネス習慣や国民性などが日本や欧米先進国と大きく異なり、経済成長が見込まれるインドで、国際競争に勝ち抜く能力を培わせようというのが共通した企業の思いだ。最近は、スズキの子会社の工場で暴動が起きるなど日系企業にとって試練も少なくないが、とかく「内向き」と批判されがちな若手社員は、「将来のリーダー」としての力を蓄えている。〉――
問題は次の発言である。
小出浩一朗NECインド副社長「入社して年次を経てから来たのでは、現地スタッフに対し、上からモノを言うような人もいる。日本人がインド人より偉いわけではないことを若いうちに実感させる必要もある」
この発言の裏を返すと、多くの日本人が根拠もなく日本人優越論に侵されているということであろう。
いつも言っていることだが、優秀であるということは個人性に関わる資質であって、民族性を基準とした価値観ではない。
だが、多くの日本人が日本人は優秀だと民族性を基準とした資質としている。日本人は優秀であるとしてその一員に自身を加えて、自分は日本人だから優秀だとの思い込みから行動するために外国人相手に「上からモノを言うような人」が出てくる。
領土保全も重要であるが、そのことと同等に世界全体を機会実現の領土として、実際上の領土自体を相対化することも重要であるはずだ。
私自身ができなかったことの期待でもあるが。