中国防空識別圏設定の日米自国航空会社に対する危機管理の違い、日本は民間航空機の安全を保障できるのか

2013-12-03 10:36:28 | Weblog



 アメリカは中国が11月23日に東シナ海に設定した防空識別圏に対して中国が要求する飛行計画書の提出を最初は拒否し、自由に航行することを宣言していたが、11月29日になって、民間航空機に限って飛行計画書の提出を求めていく方針に転換した。

 《米 中国に飛行計画書提出の方針》NHK NEWS WEB/2013年11月30日 12時6分)

 アメリカ国務省報道官談話「アメリカ政府は、国際的に運航するアメリカの航空会社は外国政府が発表する航空情報に従うべきだと考えている。

 中国が設定した防空識別圏については引き続き深く懸念している。今回の措置はアメリカ政府が中国の防空識別圏の設定に伴う要求を受け入れたことを意味するものではない」

 ニューヨーク・タイムズ「オバマ政権内部で不測の事態が起きることへの懸念が強まっていた」――

 記事は、米政府の措置は〈安全面への配慮が今回の方針につながったとの見方を示し〉たものと解説しているが、アメリカ国務省報道官談話とニューヨーク・タイムズの解説を併せ考える限り、中国が強硬な措置に出た場合の民間航空機に対する万が一の「不測の事態」を考慮した危機管理であって、米軍機に関しては中国の防空識別圏を認めず、自由航行する二重の措置を取ることを意味しているはずだ。

 この米政府の方針転換に従ってアメリカの複数の大手航空会社が提出を表明、既に提出した航空会社も存在すると「NHK NEWS WEB」が伝えている。

 米航空会社関係者「各国の政府の発表する航空情報に従い通常の業務として提出するもので、顧客の安全面などに配慮した対応だ」――

 但し米政府のこの方針転換は軍用機の飛行に関しては事前通告等の方針転換を、そういった弱腰を示すわけにはいかないこともあるだろうが、自らに禁じた措置となる。

 一方の日本政府は米政府の最初の「認めず要求にも応じない」(MSN産経)に倣って11月26日に各航空会社に飛行計画書の提出には応じないよう要請、日航や全日空は中国が防空識別圏を設定した11月23日から11月26日まで飛行計画書を提出していたが、政府要請に応じて提出を中止、今回の米政府の民間航空機に限った方針転換に日本政府が従わない姿勢を示したことに対しても忠実な協力を示している。

 両社関係者「政府からの要請が変わらない限り、航空会社の判断で提出することはない」(MSN産経

 だが、この措置は中国に対する一つの賭けとなる。
 
 米政府は米東部時間11月25日夜(日本時間11月26日)、米軍機を防空識別圏内の空域に飛行させている。中国側から、何の反応もなかったと言う。

 一方、日本政府はこの米軍機事前通告なし飛行に倣ったのだろう、菅官房長官が11月28日午後の記者会見で自衛隊機が事前通告なしで防空識別圏設定空域の東シナ海上空を飛行、警戒活動を行ったことを明らかにしている。

 午後の記者会見での公表だから、11月26日午前中の飛行に違いない。昨夜なら、手柄とばかりに11月26日午前中記者会見で明らかにするはずだ。

 やはり中国側からスクランブル等の反応は何もなかったとのこと。

 但し中国が飛行を野放しにした場合、何のために防空識別圏を設定したか意味を失うばかりか、防空識別圏設定の有名無実化は自らの失点となって自らに跳ね返ってきて、失点は相手に得点を与えることであって、外交上の一大失策と見做され、権威失墜そのものを招くことになる。

 こういった経緯を中国は許すだろうか。中国が防空識別圏を設定した当座、日米の強い反発と批判に対して中国軍機関紙・解放軍報は逆に強い警告を発している。

 解放軍報「国家主権を守ろうとする中国軍の決意を見くびってはいけない。(設定に)大国の顔色を窺う必要はない。

 日本が1969年に防空識別圏を設定した行為こそが非常に危険で一方的な行為だ」(MSN産経)――

 この警告は設定相応の対応を自らに課したことになり、何ら実行しなかった場合、大言壮語となって、却って恥をかくことになる。

 何らかの対応を実行した場合、自衛隊機はそれ相応の回避行動を可能とするだろうが、民間航空機の場合、回避行動を可能とすることができるかどうかである。当然、民間航空会社の飛行計画書未提出はまさに吉と出るか、凶と出るかの賭けとなる。

 問題は日本政府の対応が日本の旅客機の安全を常に保障する危機管理となっているかである。

 中国側の設定相応の対応の一つの提示が防空識別圏侵入米軍哨戒機や航空自衛隊の早期警戒管制機に対する緊急スクランブル実施の発表であろう。11月29日の米政府の米民間航空会社に対する飛行計画書提出要請と同じ日の夜の報道となっている。

 中国人民解放軍・空軍スポークスマン「中国軍が防空識別圏設定以来、忠実に任務を遂行し識別区に入ってくる外国軍機に対し監視・識別を実施している」(日経電子版)――

 スクランブルを実行することで、事前通告なしでも、如何なる飛行に関しても我々はその飛行を逐一把握しているとの言い方で、それだけの能力は十分にある、甘く見るなとの警告を発し、証明したことになる。

 但し小野寺防衛相は11月30日朝、このスクランブルを否定している。

 小野寺防衛相「中国側が発表したような、航空機が接近するとか特異的な状況はない。今回のことで対応を変えることはない。

 (中国軍の自衛隊機延べ10機確認主張を)警戒監視をお互いにしているから、どこにどのくらいの航空機が飛んでいるかを把握するのは通常のことだ。私共も中国がどのような航空機を飛ばしているかは常時把握をしている」(時事ドットコム)――

 自衛隊は日本の防空識別圏に接近、もしくは侵入、あるいは日本の領空に侵入した中国軍機に対して常にスクランブルをかけているが、小野寺防衛相は中国は発表通りのスクランブルをかけてこなかったと暴露したことで、その能力の違いを浮き立たせ、尚且つ警戒・監視に関しては負けないぞと挑戦したことになる。

 しかしこのような挑戦にしても、スクランブルや単なるスクランブルを超えた不測の事態を誘い込みかねない賭けとなる。

 一方、米政府は米軍機事前通告なし飛行に対する中国軍機のスクランブルの事実関係への言及を避けたと、《中国機の緊急発進 強硬姿勢アピールか》NHK NEWS WEB/2013年11月30日 8時7分)
   
 記事は中国のスクランブル発表は、〈防空識別圏での監視能力は高いと強調し、日米などに対する強硬な姿勢を内外にアピールする狙い〉だと解説している。

 アピールだけで済めば問題はない。アピールだけにとどめて、自由飛行を認める防空識別圏設定という大事(おおごと)は中国自身が自らの強硬姿勢を張子の虎とする信用失墜の自作自演となる。

 防空識別圏設定に対して日米の出方を探っている段階ということも考える危機管理は必要ないだろうか。

 国防総省11月29日声明(スクランブルの事実関係への言及を避けた上で)「アメリカ軍は今後もこれまでどおり、この空域での航空機の運用を続ける」――

 なぜ言及を避けたのだろう。自衛隊機だけがスクランブルを受けなかったとは考えにくいから、スクランブルの事実はなかったが、その事実を公表した場合、中国側の発表と事実の違いから中国側に対抗心を植え付けて実際のスクランブルを掛けざるを得なくなる逼迫性を予想したといった理由を考えることができる。

 もしこの理由が当たっているとしたら、公表は賭けとなると見做す危機管理に立っていたことになる。

 記事は元海上自衛官で北京の日本大使館の防衛駐在官を務めたこともある東京財団の小原凡司研究員の発言も伝えている。

 小原研究員「中国は防空識別圏に入った航空機を識別する通常の対応を行ったとみられ、しっかりとした監視能力があることを国内外に示したかったのだろう。

 中国は日本やアメリカの航空機が事前通告なしに防空識別圏に入ったのに何もしていないではないかと国内から批判されることを恐れている。

 沖縄県の尖閣諸島を巡って対立する日本への対抗措置として能力を超える範囲にまで防空識別圏を広げた可能性もある。自衛隊とアメリカ軍が協力して中国軍がどの程度の能力を有するのか、情報を収集し、詳しく分析していくことになる」(下線部分は解説体を会話体に直す)――

 もし中国が何らの対応を取らなかった場合の国内世論を恐れているが事実とすると、取らなかったことの日本側の公表はまさしく中国側に実際行動に移させかねない賭けとなる。

 しかし世論を待つまでもなく、有言不実行は中国政府自体に対する世界からの冷笑の誘因となるはずで、そのことを避けるためにも設定の実体をつくり上げなければならないはずだ。

 その実体とは飛行計画書の提出であり、中国国防省の指示に従うこと、従わない場合は武力による緊急措置を取るなどである。実体が伴って、初めて設定は確立し、逆説的な言い方だが、中国政府の意志は信用失墜することもなく、整合性を得ることができる。

 12月2日の洪磊副中国外務省報道局長の定例記者会見発言。《防空識別圏で「米政府の対応を称賛」 中国外務省》asahi.com/2013年12月2日21時11分)

 洪磊「(米民間航空会社飛行計画書提出の)米政府の対応は建設的な態度で称賛する。

 日本は意図的に政治問題化させ、民間航空分野の協力を不利にしている。間違ったやり方をやめ、中国とともに東シナ海の空域の飛行の安全と秩序の維持に力を合わせるべきだ。

 (中国の識別圏が尖閣諸島(沖縄県)の上空を含めている点について)中国は重複問題をめぐり対話の強化を呼びかけ、誠意を示している」――

 12月2日の洪磊定例記者会見発言の前日の12月1日、安倍晋三は岩手県釜石市を視察、記者団に発言している。《防空識別圏 米副大統領と対応協議へ》NHK NEWS WEB/2013年12月1日 16時25分)

 安倍晋三「アメリカ政府が、フライトプランの提出を要請したことはないと外交ルートを通じて確認している。

 2日に日本を訪れるアメリカのバイデン副大統領としっかりと協議し、日米で緊密な連携をとりながら対応していきたい。日本としては、力を背景とした中国のこの現状変更に対しては、日本の領土・領海・領空は断固として守っていくという決意の下に、毅然、かつ冷静に対応していく」――

 「アメリカ政府が、フライトプランの提出を要請したことはないと外交ルートを通じて確認している」と言っても、実際には各米航空会社が提出していることを航空会社自らが認めている。

 また、訪日の「バイデン副大統領としっかりと協議し、日米で緊密な連携」を取っていくと言っても、米政府が一度許可した米航空会社の飛行計画書提出の方針を再度撤回した場合、そのブレを非難されるだけではなく、そのような危機管理は米旅客機に対する万が一の不測の事態未発生の保障を失うことになる。

 中国の今までの遣り方から、不測の事態を想定してみる。

 2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件後、中国政府は日本からの輸入品の通関を厳格化させ、通常1日2日で終る業務を何日もかけ、輸入品の中国国内持ち込みを遅らせているし、中国駐在の日本の建設会社フジタの社員4人を「許可なく軍事管理区域を撮影した」(Wikipedia)として身柄を拘束、そうした圧力によって日本政府を譲歩させ、到頭中国人船長の処分保留のままの釈放を獲ち取っている。

 前述したように軍用機の場合はそれ相応の回避行動を可能とし、旅客機の場合は困難であるなら、弱点は軍用機よりも対旅客機となって、中国側にとって設定の実体を持たせる狙い目は旅客機となる。

 中国の軍用機が飛行計画書未提出で飛行している旅客機を囲むように複数の中国軍用機が接近、無線で飛行計画書を提出しているかどうか質問し、提出していない場合は最寄りの飛行場に着陸を命じ、そこで飛行計画書を提出させるが、尖閣諸島国有化時の通関のように許可に故意に時間をかけて出発を遅らせ、乗客に多大な迷惑をかけることで否応もなしに次回から提出させる方策を講じる可能性は否定できない。

 何よりも軍用機に囲まれて中国国内の飛行場に強制着陸させられる乗客の恐怖は尋常ではないはずだ。

 こういったことをしかねない中国であることを考えると、日本政府が日本の航空会社に要請している飛行計画書の未提出はまさに賭けそのものの危機管理となる。

 このようになることに備えた米政府の米航空会社に対する飛行計画書提出容認の危機管理であり、日本政府はそこまで考えない、また自分たちの対応が中国に対する挑戦の賭けとなることさえ気づかない危機管理ということではないだろうか。

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