安倍晋三の対中国包囲網は機能しているのか その外交能力を俯瞰

2017-02-05 11:35:09 | 政治

 日本の首相安倍晋三は2016年5月28日、名古屋市内でスリランカのシリセナ大統領と会談している。

 〈インド洋のシーレーン(海上交通路)に位置する同国の発展と地域の連結性強化が地域全体の繁栄に不可欠との認識で一致〉、安倍晋三は〈その上で両国の海洋協力強化の一環として、スリランカに巡視船2隻を供与することを表明〉、〈送電線や上下水道のインフラ整備のため総額約380億円の円借款供与も発表〉、〈中国をにらみ関係強化を重視する姿勢を鮮明にした。〉と、2016年5月28日付け「産経ニュース」が伝えていた。  

 記事は昨年1月に就任したシリセナ・スリランカ大統領がラジャパクサ前大統領の中国重視外交を見直し、日本との関係強化に意欲を持っていると伝えている。

 供与する巡視船は新建造の2隻だそうだ。中古を譲り渡すわけではない。安倍晋三は常々オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所によって国際法違反と判断された南シナ海に対する中国の領有権主張や人工島の建設が航行の自由を奪う現状変更に当たるとして航行の自由都会お湯に於ける法の支配を主張している。

 スリランカは東シナ海から遠く離れているが、シーレーン(海上交通路)の要衝に位置している。巡視船は航行の自由・法の支配を守護する象徴でもあり、その供与によって少なくとも対中包囲網の象徴的一環を担わせようとしていたはずだ。

 安倍晋三は巡視船供与以外に送電線や上下水道のインフラ整備のため総額約380億円の円借款供与も発表している。

 2017年1月2日付の「NHK NEWS WEB」記事が中国がスリランカで建設中の港を99年間に亘って管理運営する合意をスリランカ政府と結ぶ見通しとなったと伝えている。
 
 〈NHKが入手したハンバントタ港の管理運営をめぐるスリランカ政府と中国企業による最終合意案によりますと、中国企業が港の管理会社の株式の80%を保有し、99年間の運営権を持つと記されています。さらに、港の安全を確保する責任も中国企業に託されると明記されています。〉――

 ハンバントタ港はスリランカ南部に位置していて、中国が約14億ドルを融資して建設が進行中で、完成すれば大型船舶が停泊可能の南アジア最大級の港となるという。

 港の安全確保の責任が中国企業に委託される条件に便乗してのことだろう、港の安全確保を口実に中国海軍の艦船が寄港できる可能性が指摘されているという。

 そのため〈中国がスリランカへの影響力を強めることで、この地域での海洋進出を強めたい狙いがあると見られ、インドなど周辺国が警戒をさらに強めることになりそう〉だと記事は伝えている。

 安倍晋三が2016年5月28日に名古屋でスリランカ大統領と会談して少なくとも対中包囲網の象徴的一環とするはずの新造の巡視船2隻の供与は果たしてその力を発揮するのだろうか。中国の艦船が日本提供の巡視船を見下ろす図が目に見えてくる。

 中国の大型艦船がハンバントタ港を堂々と入港し、堂々と出向するのを港の隅から日本提供の巡視船がおとなしく眺めることになりそうだ。

 日本は前ベニグノ・アキノ大統領時代にフィリピン沿岸警備隊への巡視艇供与を行っている。ベニグノ・アキノは親日家であり、中国との間で南シナ海南部に位置するスプラトリー諸島の領有権を争い、2014年、南シナ海に対する中国の領有権主張や人工島の建設などが国際法に違反するとして中国を相手にオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴、中国対決姿勢を鮮明にし、1992年に米軍のフィリピンからの撤退完了以来相対的に低下した対中防衛力強化を図って2014年に米軍の事実上の再駐留を可能とする「米比防衛協力強化協定」を締結している。

 だが、2016年6月30日に新大統領に就任したドゥテルテ大統領は反米というよりも、大統領就任後、警察官に対して麻薬犯罪に関わる容疑者を司法の手を煩わさずにその場での射殺を許可した「麻薬犯罪者の射殺命令」を人権侵害として反対した米大統領の反オバマの立場を取り、島嶼部の領有権問題を抱えながら、ドゥテルテの麻薬戦争に一定の理解を示したからなのか、中国寄りの姿勢を取るようになった。

 だが、米新大統領に当選したトランプが人権を問題視しない過激思想を示していたところから、肌が合うと気に入ったのか、今までの姿勢を転換、アメリカに近づく気配を示している。だからと言って、中国寄りを転換したわけではない。

 2017年1月12日、安倍晋三はフィリピンを訪れて、ドゥテルテと首脳会談を開催している。「NHK NEWS WEB」記事によると、ODA=政府開発援助と民間投資を含めて今後5年間で1兆円規模の支援を行うことと、ドゥテルテ大統領が重要視している麻薬対策で、治療施設の整備や更生プログラムの作成など日本のノウハウを提供する方針を示し、海洋に於ける法の支配や紛争の平和的解決の重要性を確認したという。

 海洋に於ける法の支配や紛争の平和的解決の重要性の確認とは、その両要素を危うくしている中国に対する日比連携した牽制であり、警告を象徴していることは断るまでもない。

 但しドゥテルテが来日し、2016年10月26日に安倍晋三と首脳会談したとき、日本に先立ち訪問した中国での習近平との首脳会談でオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が下した南シナ海問題に関する中国国際法違反について言及しなかったことについて、「いずれ語らなければならない問題だが、いまそれを語るべきときではない」と説明、「中国と領有権を争う日本とフィリピンの類似点を指摘し、「ときが来たときには日本の側に立つ。安心してほしい」と語ったと2016年10月27日付け「Newsweek」がが伝えている。 

 この首脳会談後の共同記者会見ではドゥテルテは「日本は兄弟よりも親しい特別な友人だ」とも述べている。

 こういった発言に安倍晋三は気を良くしたのか、2017年の初外遊にフィリピンを選び、今後5年間で1兆円規模の支援のお年玉を振る舞い、法の支配の重要性を確認し合うことができたのかもしれない。

 だが、2017年1月12日の安倍晋三・ドゥテルテ首脳会談から19日後の2016年1月31日、ドゥテルテは同国のイスラム過激派集団アブサヤフによる海賊行為が横行している南方海域にパトロール船を送るよう中国に支援を要請したことを明らかにしたと、2017年2月1日付の「ロイター」が伝えている。

 フィリピン沖での海賊急増により、船舶は他の海域への迂回を余儀なくされ、輸送コストの上昇や輸送期間の長期化を招いているという。

 記事は、〈中国から回答があったかどうかについては明らかにしなかった。〉と書いているが、日本にその役割を獲られたくないだろうし、日比の海洋のに於ける法の支配の連携を崩すためにも引き受けることになるだろうし、引き受けざるを得ないはずだ。

 引き受けてフィリピン海域に於ける航行の自由・法の支配を中国が担うことになったなら、日本が提供した、航行の自由・法の支配を守護する象徴たる巡視船はその象徴を解かれはしないだろうか。

 安倍晋三がせっせと築こうとしている対中包囲網も綻びかねない。

 タイ軍事政権のプラウィット副首相兼国防相は2017年1月24日、海軍が中国から潜水艦を購入する方針を明らかにしたと2017年1月24日付け「時事ドットコム」記事が伝えている。  

 2017年度予算で潜水艦1隻を約135億バーツ(約430億円)で購入する計画で、その理由を次のように述べている。

 「近隣諸国がすべて潜水艦を保有しているからだ。たった1隻の潜水艦を購入するのでは意味がない」

 安倍晋三が自衛隊の存在感を世界に知らしめるために自衛隊の海外派遣を進めているようにタイは軍の存在感を周辺国に知らしめるために潜水艦の所有で示そうとしている。

 存在感は1隻よりも2隻の方が示すことができるから、1隻では意味が無いということなのだろう。

 問題はなぜ日本からの購入ではなく、中国からなのかである。

 中国から購入した場合、その操舵技術ばかりか、各機関の運転技術、修理技術を養成する各要員がタイに駐留することになり、少なくともタイ海軍への影響力が無視できないことになる。

 タイはインドネシア、ベトナムと共に南アジアの一応の大国である。タイが中国軍の影響を受けることになれば、安倍晋三の対中包囲網はあちこちで意味をなさないことになり、機能しないその姿を曝け出すことになる。

 安倍晋三は地球儀を俯瞰する外交を掲げ、積極的平和主義外交を看板に世界各国を50カ国以上訪問、各国首脳と会談を繰り返して基本的価値の重要性を訴え、海洋の安全・法の支配を説いているが、中国の地理的影響力の届かない、尚且つこれと言った外交懸案のない国々では通用しているものの、その地理的影響力を受ける国々では例え中国と外交懸案を抱えていても、日本が唱える海洋の安全・法の支配は中国主導の海洋の安全・法の支配に傾かない保証はない。

 何カ国を訪問し何人の首脳と会談を行ったといくら自慢しようと、安倍晋三外交の実態たるや、その限界を俯瞰しないわけにはいかない。

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