北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

陸上自衛隊研究本部公開セミナー 島嶼防衛を主眼に将来戦を構想

2010-10-07 22:16:39 | 防衛・安全保障

◆朝雲新聞が報じる

 陸上自衛隊研究本部による公開セミナーが朝霞で開催されました。これについて、朝雲新聞が報じていましたので少々長いですが全文引用してみます。

Img_5902 9月の朝雲ニュース 9/30日付ニュース トップ :将来戦勝利をテーマに 研本が公開セミナー 「島嶼防衛」など発表・・・ 日本の島嶼部に対する侵略への対応など、「将来戦に勝利するために」と題した陸自研究本部(本部長・師富敏幸陸将)の22年度第1回セミナーが9月27、28の両日、埼玉・和光市民文化センターなどで開かれ、防衛産業の研究者ら約600人が聴講した。28日の分科会では、潜入した敵特殊部隊などをいち早く探知、攻撃できる新装備などについて官民の専門家間で意見交換も行われた。

Img_9081  セミナー全体会議は27日、和光市民文化センターで開かれ、師富本部長の開会あいさつに続いて2師団長時代に陸自初の「総合近代化師団」の構築に当たった渡部悦和陸幕副長が、部隊間をネットワークで結んだ「C4I2部隊実験」を担任した所感などを語った。 次いで、セミナーに移り、研本企画室研究開発企画官の三宅優1佐が研本の活動状況を報告。この後、総合研究部2研究課6研究室長の熊谷文秀1佐が「将来戦に勝利するために」と題して将来戦のイメージや本格侵略への対応、島嶼防衛などについて発表した。

Img_9852  それによると、将来戦では戦場がより広域化し、部隊はC4ISR(指揮・管制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察)を駆使、ステルス機や巡航ミサイル攻撃が最初に行われるなど、兵器の長射程化・精密化が進むと予測。 この戦闘で勝利するには、「敵の勝ち目をつぶすため、先手を打って敵の戦闘力の組織化を阻止し、分断することが必要」で、侵攻してくる敵を撃破するには時間を味方につけることが何より肝要となる。このため偵察衛星やUAVでいち早く敵の意図を把握し、対処に着手することが必要としている。

Img_3878  敵は空・海を経て侵攻してくるため、「戦場の霧を晴らす」監視センサーの構築が重要。戦闘ではステルス機にも対処可能な対空火力、敵艦隊の高度な防空網も突破できる対艦ミサイルなどが主要な装備になるとしている。 情報・通信面では戦場全域をカバー、通信量増大に対応できる回線確保が必要で、UAV、飛行船なども候補に挙げられた。 島嶼侵略では、①特殊部隊②高速輸送艇③空挺部隊④海上侵攻部隊と段階的に攻撃が行われると予測。最初に工作員が民間人に化けて潜入し、特殊部隊の受け入れを支援。

Img_6909 特殊部隊は潜水艇などで上陸し、空港や港湾などを奇襲攻撃により占拠、レーダーサイトや通信施設を破壊する。 次いで高速輸送艇部隊が押し寄せ、主力を揚陸し占領地域を拡大。輸送機からは空挺部隊が降下し、島の要所を制圧したところで多数の輸送部隊によって機甲化部隊などが揚陸、島の完全制圧を進める。この侵攻初期には多数の貨物船や漁船など偽装船舶が動員されることも予測。 こうした島嶼侵略に自衛隊はどう対処するか。まず、敵の侵攻意図を事前にキャッチし、防衛のための部隊を先に島内に展開、弾薬なども集積しておくほか、島内要所に各種センサーによる監視網を構成して警戒態勢を強化する。さらに本土の司令部と情報を共有し、即応態勢を整えておくことが必要、としている。

Img_2631  敵の侵攻に対し防護部隊ができるのは、小部隊の場合、①警戒監視・妨害②奇襲部隊の減殺③偽装船舶への対処など。本格攻撃が開始される前に増援部隊が島に到着できるかどうかがその後の戦闘の帰趨を左右する。 増援部隊は多数のヘリによる空中機動部隊、陸自主力を乗せた海自輸送艦部隊などが主で、空自戦闘機による制空権の確保が前提となる。 狭い島内で作戦を行うには、事前に各所に掩体壕などを構築する必要があるが、それが間に合わない場合、火器の遠隔操作機能や戦車、ミサイルのデコイを使った欺瞞などが重要。 また、集積弾薬の防護施策も必要になる、としている。◆

Img_5138  陸上自衛隊の方向性が垣間見える非常に興味深い内容です。まず最初に、やはり島嶼部防衛には大規模部隊の第一線駐屯ではなく、監視体制の構築と少数のゲリラコマンドーによる上陸に対処することのできる部隊を駐屯させる、という方向性がある一方で、予防展開を想定して陣地を構築して沖、弾薬等も集積する、という手法が提示されています。これについてなのですが、対馬警備隊規模の、一個中隊を基幹に増援部隊の展開を想定した連隊本部並の指揮機能を盛り込む方式を想定しているのか、もう少し小さな沿岸監視隊程度の部隊を想定しているのか、注視したいです。

Img_7005  ステルス機などにも対処可能な対空火力、という事ですが、昨今は精密誘導兵器の射程延伸に伴い、師団高射特科部隊が有する20km以下の射程の装備では対処が難しい装備も多くが実用化され、日本の脅威対象国ではこうした装備の普及は幸すすんでいないのですが、方面高射特科部隊の支援を受けにくい離島部分では、高射特科火力の強化、特に機体そのものではなく投射される火力に対する対処能力を向上させる、現在の巡航ミサイル防衛の試作をさらに向上させるか、イージス艦や航空優勢確保との連携というものを更に掘り下げて考える必要があるやもしれません。

Img_0024  航空優勢確保が前提となる、とあるのですが、これは航空自衛隊の主幹事項ですね。他方で、現在の航空自衛隊の配置は、要撃にあたる航空団を全国に配置する編成をとっているのですけれども、有事の際には脅威正面に飛行教導隊や他の航空団からの可能な限りの飛行隊抽出を行い、拠点基地の防空能力を強化しつつ正面に航空部隊を集中させ、航空優勢を確保する態勢を構築します。この方針については、陸上自衛隊としても航空優勢確保が任務遂行全般に必要不可欠であるとして認識しているのですが、ここで一点大きな問題が生じます。

Img_7243  それは飛行隊規模で部隊を集中する際、戦闘機は自ら進出することが可能なのですけれども、戦闘機を始めとした航空機の支援機材や支援車両、燃料等は輸送機を集中させて展開させなければなりません。航空自衛隊は現在、最低限度前後の数にて輸送任務を実施していますので、有事の際には不足は必至、陸上自衛隊の空挺部隊や中央即応連隊などの緊急展開部隊を輸送する手段が無くなることはほぼ確実です。このあたり、例えば本土と嘉手納基地か那覇基地まで米第五空軍の輸送支援を受ける体制を構築して平時から訓練を行うか、輸送機増強を提唱するか、必要でしょう。

Img_8264  脅威の想定ですが、やはり島嶼部においても機甲部隊の侵攻は想定しているようです。狭い島々で戦車は使えないのではないか、と一般には考えがちですが、第二次大戦中に戦われた太平洋島嶼部戦では幅500㍍以下の環礁攻略にも戦車が使われましたし、相手に戦車の揚陸が可能な能力があれが使用される可能性があるわけです。この点、やはり自衛隊としても機甲部隊を編成維持する重要性が見えてきますね。特に中国軍による水陸両用車両の開発は急速に進展しており、無視できないものとなりつつあります。

Img_5441  そもそも、機甲部隊の戦闘は戦車の機動力を念頭に展開されますので、普通科部隊を主軸とした戦闘展開よりも前進速度が非常に大きいのが特色です。先日北海道で実施された玄武2010演習でも、機械化歩兵師団といえる編成の第2師団が相手を防御戦闘により食い止め、機甲師団である第7師団が超越攻撃を行っていますが、第2師団が機甲師団編成を採っていれば、そもそも長い防御戦闘は無く水際で阻止して内陸部の都市等に被害が及ぶのを抑制できたはずです。占領と掃討は普通科の任務なのですが、敵主力の撃破、指揮中枢の蹂躙を行えばかなり難易度は下がります。

Img_6460  話が島嶼部防衛から北方防衛へ急激に逸れてゆくので別の機会に譲りたいですが、民生被害を局限する観点から、島国である日本としても機甲部隊を重要視しなければ、本来ならないのですね。なお、機甲部隊というのは日本語として定着した際に装甲機動部隊の略語として定着していますので、装甲化された普通科部隊も、自走榴弾砲を運用する特科部隊もこの範疇に含まれます。・・・、そもそも第2師団も第3普通科連隊を同じ装甲化編成に他の二個連隊を置き換えれば戦車連隊もあるのだし、防御に徹しなくても押し返せたのでは、というのは、今回とは別の話題。

Img_0046  島嶼部防衛。この対処として、可能ならば予防展開する、ということなのですけれども、南西諸島は広大で、侵攻意図をどのように見抜き予防展開するのか、というところが難しくなりそうです。先日もロシア海軍のロープチャ級戦車揚陸艦が宗谷海峡に出現しましたけれども、揚陸艦を集中させた艦隊演習なのか、わが国への着上陸を想定しているのか、この動きは非常に判断が難しいものがあります。相手は確実に奇襲で来まして、例えば第四次中東戦争ではエジプト軍が情報収集に秀でたイスラエルを欺瞞して奇襲に成功していますし、日本の真珠湾攻撃もアメリカを欺瞞して奇襲を成功させています。

Img_5917  第四次中東戦争では、開戦までにエジプト軍がイスラエル軍に非常呼集を掛けるような演習を繰り返し、人口の観点から警戒態勢を維持できないイスラエルの対応が緩慢になった後に侵攻しています。今年春にあったような中国海軍による南西諸島での艦隊演習が、今後繰り返され、その都度数が限られている輸送艦と部隊を展開させていた場合、費用面と部隊運用面で限界をきたし、対応が緩慢となったところで実際に侵攻される、という可能性もあります。輸送艦の増勢とともに、この情報分析をどうするかは大きな課題でしょうね。

Img_7303  弾薬の事前集積ですが、これを下手に行いますと奪取される危険性があり、陸上自衛隊としては事前集積船のような方式での装備の南西諸島への集中備蓄を行う必要があるかもしれません。最悪の場合でも小銃と個人装備を抱えた人員のみでしたら民間旅客機でも沖縄本島に展開することが可能ですし、火砲や車両、通信機材に物資弾薬燃料などを事前に集積しているのならば、単純計算でボーイング747が4機あれば一個連隊戦闘団を急速展開させることが可能です。ただし、予備の車両等装備を取得する予算が無いのが難点なのですが。

Img_8679  火器の遠隔操作機能、とありますが、指向性対人地雷のような管制式地雷を原型とした対人障害システムを想定しているのでしょうか。自民党時代に導入直前まで行きましたMLRSの発射器を用いるATACMSのような300km級の射程を有する装備を運用出来た場合、もちろん、拠点となる島嶼に掩砲所を御受け手の運用となるのでしょうけれども、かなりの抑止力を発揮できると思うのですが、陸上自衛隊としてはATACMSの導入について、今後積極的に再開する構想があるのか、こちらにも興味が涌いてきます。

Img_0204  航空自衛隊の輸送機に艦知るところで、余裕が無いので陸上自衛隊の緊急展開に協力することは難しくなる、と書いたのですけれども、本文には空中機動部隊を主力とする、とあるようにヘリコプターが主体となるような事を書いていますね。陸上自衛隊のヘリコプター部隊は、総数としてはかなり大きく、質も比較的高いです。他方で、冷戦後の度重なる防衛大綱改訂において、戦車定数や特科火砲定数が削減される中で機動力の増強と普通科部隊の重視が叫ばれる一方、その機動手段であるヘリコプターが現状維持のまま近代化の身を受けたようにもみえていまして、もっと増強しても良かったのでは、と。

Img_1047  師団飛行隊、旅団飛行隊への多用途ヘリコプター配備等は行われているのですが、対戦車ヘリコプターの増勢と師団、旅団への配備を行う、という選択肢は在り得たでしょうし、特科連隊を特科隊に縮小した部隊に対して、人員を転用して多用途ヘリコプターを充実させて飛行隊からヘリコプター隊に拡大改編する事も出来た筈です。事に島嶼部防衛を考えて、しかも主たる展開手段にヘリコプターを掲げているのですから、具体的に施策として反映されるのか、あくまでスクラップ&ビルドを徹底して現行体制のまま任務に臨むのか、そういうビジョンについても関心があります。

Img_8695  また、他方で今回は島嶼部防衛についてをテーマに選定したのですが、同時に近隣諸国の海軍力増強、特に両用戦部隊の増勢という現実がある訳でして、本土直接武力侵攻の可能性も健在である訳です。いわば、北方と西方、南方に脅威が分布している訳でして、脅威の多様化と総合的な増大に対して現在の自衛隊の編成と規模でもって対応することが現実的なのか、と言う内容にも、個人的には大きな興味があるのですが、こちらについては来年度以降のセミナーも注視してみてゆきたいですね。

HARUNA

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コメント (6)
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