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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

多用途運用母艦導入与党提言,航空母艦-強襲揚陸艦中間“Power Projection Ship”の可能性

2018-06-02 20:16:43 | 防衛・安全保障
■空母の役割を担う新型艦を提言
 NHKが先月25日付と今月1日付で報じました多用途運用母艦とは何か、先週に引き続き今週も考えてみましょう。当方は妙な新艦種よりもヘリコプター搭載護衛艦を増強すべきと思うのですが、ね。

 与党自民党が政府へ提案しました、防衛計画の大綱改訂提言、ここに明示されていました多用途運用母艦とは、いったいどのような艦艇を示すのでしょうか。航空機の運用を重視している、と伝えられることから全通飛行甲板を有する大型艦となる、少なくともここの部分は明確に示されているのですが、排水量の規模も含め、それ以上の情報が曖昧です。

 空母の役割を担う「多用途運用母艦」、という表現はNHK1日付報道“中国念頭に“空母”導入検討を首相に提言 自民”に示されていました。ただ、航空母艦を導入、という表現を避けた背景には、先日豪州海軍が横須賀親善訪問へ派遣したキャンベラ級強襲揚陸艦のような、空母の役割を担う多目的艦を指しているのではないか、という視点をひとつ。

 航空母艦なのか、という視点、大きな関心事はここに収斂する事となるでしょう。実は自民党が示す多用途運用母艦は必ずしも航空母艦を示すものではないのではないか、幾つかの根拠を持ってこのように推察しています、もっとも、航空機の母艦機能を有するならば、はつゆき型護衛艦や、やしま型巡視船はもちろん、ヘリコプターが発着できる客船等も全て航空母艦だ、という論調は無視します。

 内閣法制局統一解釈では憲法上保有できない装備として専ら相手国の国土を壊滅させることに用いる装備で、攻撃空母は保有できない、しかし防御用空母は保有できる、という見解が現在も維持されています。攻撃空母は一時期アメリカ海軍が航空母艦の多様化を前に、対潜空母や攻撃型空母とを分けた際、特に後者はA-3攻撃機による戦略核攻撃能力を有していたため、これを指すと考えられる。

 飛行機を積めるならば全て空母だ、という論調は無視すると書きますと、何か辛辣な突き放したような印象があるかもしれませんが、実はこの視点、2013年に海上自衛隊がスキャンイーグル無人偵察機を導入し、護衛艦などから運用する計画を示した際に、とある報道機関が、これは憲法上禁止されている航空母艦に当たるのではないか、という指摘を行ったことに端を発します。なんでも航空機が運用できるならば全て航空母艦という。

 しかし、航空母艦と言うには相応の資格があるものでして、例えば巡洋艦をクルーザーと呼称するといって、例えば往年の映画大スターがクルーザーを購入し神奈川県内にて漏電にて火災事故を起こした際に、"映画俳優保有の大型巡洋艦が神奈川県で大火災沈没”と書くようなものです。またはSNS等で新しく聞いた内容を略して新聞によれば、と書くようなものともいえる。軽空母や航空母艦、STOVL空母やCTOL空母と明確に区分する事ができるのですから、航空機が運用できるならば全て空母、とは暴論にほかなりません。

 多用途運用母艦が航空母艦ではない、という推察の論拠は、ここの部分で、対潜空母は保有できる、という政府統一解釈があるため、憲法上自衛隊は航空母艦を保有することができると考えられます。ただ、核兵器を搭載し核攻撃専用機、厳密にはA-3攻撃機や後継のA-5攻撃機さえ無く、核攻撃専用機は無く、そもそも自衛隊は戦術核さえ保有していないのですが、ここの部分に一つ。

 攻撃空母以外であれば保有でき、そもそも核兵器を保有せず、その計画さえない自衛隊には上記定義にあう攻撃空母は概念上あり得ない点から、航空母艦が必要ならばそのまま装備できるのです。その上で敢えて多様と運用母艦という呼称を用いている。これは例えば低速であるとか、航空機以外の運用支援に当たる母艦、掃海母艦や輸送艦としての機能を有する艦艇を示しているのかもしれません。

 輸送艦としての能力、実のところ多用途運用母艦とは航空母艦としての機能よりも、アメリカ海軍の強襲揚陸艦に似た機能、アメリカ海軍の強襲揚陸艦と言いますと余りに巨大ですので、もう少し小型のオーストラリア海軍が運用する強襲揚陸艦キャンベラ、イギリス海軍のコマンドー空母オーシャン、イタリア海軍の戦力投射艦カヴール、と同様の艦艇を示している可能性はないでしょうか。

 コマンドー空母、強襲揚陸艦、戦力投射艦、輸送艦、表記しますと全く違うように見えますが、要するに全て同じ用途のもの。近年は指揮司令母艦という名称も含まれるのでしょうか、カタカナではパワープロジェクションシップともいう。これは冷戦後、従来の水上戦闘艦体系に当てはまらない、空母や揚陸艦の中間あたりの艦艇が、冷戦時代にそれほど重視されなかった軍隊による人道支援任務や災害派遣任務へ対応する必要性から醸成された区分の一つ。

 列島線防衛、輸送艦としての機能を有すると推測するもう一つの背景は、自民党提言が中国の海洋進出と共に南西諸島から台湾にかけてを“第1列島線”と区分している点を念頭に日本も“列島線防衛”を掲げ、多用途運用母艦の必要性を提示している点です。これは逆に考えるならば、列島線防衛、制空権維持だけではなく水陸両用作戦能力も当然必要になるだろう、というもの。

 ヘリコプター搭載護衛艦、海上自衛隊はすでに護衛艦いずも型として満載排水量27000tの全通飛行甲板型護衛艦2隻を建造し、ひゅうが型護衛艦として先んじて満載排水量19000tの護衛艦を建造しています。仮にF-35B戦闘機を艦上固定翼哨戒機として運用するだけの母艦が必要ならば、いずも型と同程度の護衛艦でも格納庫搭載に併せアメリカ海軍のように甲板係留を並行することで20機程度のFー35Bは搭載可能でしょう。

 護衛艦と輸送艦の違い、最たるものは速力とこれを構成する機関出力です。輸送艦は護衛艦と違い、最高速力はそれほど必要とされません、護衛艦は瞬間的に最高速力を発揮し、例えば対潜水艦攻撃や対艦ミサイルなどへの艦隊運動による回避能力を求められます。輸送艦にもあっても困らないものですが、その分、機関部や吸排気系統が大型化し、その分装備を積めなくなります。

 多用途運用母艦は、護衛艦や航空母艦として運用するには低い速度を、しかし、通常の輸送艦、海上自衛隊は満載排水量14000tの輸送艦おおすみ型3隻を運用していますが、これよりも大型で航空運用能力を相応に重視した艦艇を想定している、だからこそ多用途運用母艦は航空母艦ではないし護衛艦でもない、こうした想定が自民党提言の背景に、あるのかもしれません。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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コメント (4)
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