田舎暮らし山裾の日々

信州に移り住み16年 山裾になじむ今日この頃 ECOな生活“循環型社会”を志し 昔と今の田舎の生き方を愉しむ

寒さが心に沁みる 楽しい話題がないかと探すが

2013年01月11日 | 日記

1月11日(金) 極寒   小雪混じり  やがて青空が広がる

薪づくりでりんご園に行った二日間は暖かく、其れの反動か昨日は極寒だった。Salaも手術を終えたところで面会に行く。左腹の後ろに大きな傷、縫った糸が部屋の照明を反射して光るのが痛ましい。彼は俺の声を聞いたのか立ち上がりゲージの枠に顔を着けている。ドアを開けて ・ ・ ・ 胸から腹に掛けてムクミが見えるが、これもやがては落ち着くと医者は言う。痛いところがナクなって良かったネと声を掛けると小さな声を喉で響かせた。しばらく彼の首を抱きながら落ち着くのを待って、医者と向後の経過観察、ムクミが取れるまでの治療について話し、病院を後にした。

昨日の寒さもキツかったが、今朝になって更に、寒さが増している。押し出し式窓を開けるとゴムパッキンがピシッと音を立てた。かなり冷え込んでいる。浅間も噴煙を上げ廻りの黒い雲を寄せ付けないように青空を背景に姿を見せる。頭上の黒い雲からは細かな雪が舞い、地面はうっすらと白く変わっていた。

10時を過ぎる頃は北からの青空が雲を払いのけ、太陽が眩しくリビングに射し込む。Algoは小さなベッドに入り外を眺めるが、いつものようにSalaがいるときとは異なり淋しげだ。

 

昼からは地区の役員として消防団の新春祝賀会に出席をした。信号ラッパの奏楽で来賓への敬礼がなされ、隊員の主立った役が整列し来賓を出迎える。この式典初めてのときは驚いたが、信号ラッパが自衛隊以外で使われることを知らなかった俺だ。その昔、東京都下の横田基地脇に住んでいた時に、米軍の基地から毎夕daysDown と言う就業ラッパが響くのを聞いた。この地区の消防団員は25名強いると云うことだが、平日でもあり、今日の人数は少ない。彼らは自主的に加入するのだが、防火防災には日々地域を隈無く廻る作業は大変なことだと思う。玄関まで出迎えられてから、集会所の中に入り、永年勤続者や功労者、技術優秀者への表彰式が行われた。

このあとは酒宴となるのだが、手作りの料理などが運ばれて和気藹々、日頃の苦労話や組織のことなどを語りあい、我々役員は神社の正月飾りの片付けなどに向かった。午後には雲一つない快晴となったが、風は冷たく耳が痛いほどに感じた。

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Salaを見舞いに来たいところだが、病院が臨時休診日となっているのでいるので、しばし、Salaの快復を祈り、久しぶりにゆっくり足した時間を過ごした。 

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