講師は言う。美術作品としては二級品であっても、歴史資料としては一級品であることがあると…。絵画を単に審美眼的に見るのではなく、複眼的な目で見たときにその絵の奥にある価値に気づくことがあると主張された。
本日(9月27日)午後、本年度第7回目となる「ほっかいどう学」かでる講座が開催された。今回のテーマは「絵で見る北海道史~アイヌ絵を中心に~」と題して、北海道立近代美術館の学芸統括官の五十嵐聡美氏が講師を務められた。
五十嵐氏は学生時代から“アイヌ絵”に関心を持っていたということだ。以来30数年にわたって“アイヌ絵”にこだわっているということだった。
そこで五十嵐氏が提示したのが「小玉貞良(ていりょう)」というアイヌ絵をたくさん残した絵師の絵だった。
その中から五十嵐氏は、小玉貞良が描いた「アイヌ盛装図」を取り上げた。その絵は次に示すものである。(スライドに映写されたものを撮った写真なので、現物とは違って多少歪みが出ている)
※ 小玉貞良作「アイヌ盛装図」です。長い刀、長い髭、刀を背負う帯などに注目ください。
私たち素人が見ると、「あゝ、そんなものか」的な見方しかできないが、専門家が見るとずいぶんとおかしなところがあるという。
まず、アイヌの男性が背から背負う長刀であるが、よく見ると男の背丈ほどもある長さでとても現実的ではないという。さらには、長刀を背負うための帯のかけ方も反対になっている。
また、男が被る笠についても当時のアイヌの風俗には適していない。
そして男の長い髭も、あまりに長く現実的とは思えないところであるという。
女性の方についても数々の疑問が感じられると五十嵐氏は言った。
※ 上の図を拡大して映写した図です。
つまり、画家の小玉貞良はアイヌをまったく見ることなく、伝聞や他の絵の模写、あるいは誇張、省略などによって描かれたものと判断できるという。
この絵を含め、小玉貞良は多くの“アイヌ絵”を残しているが、それはアイヌとの交易を盛んに行っていた近江商人からの依頼で描いたという。
近江商人にとっては、豊富な蝦夷の産物を商機ととらえ、アイヌを世の中にPRするために絵を描かせたのではないか、と五十嵐氏は推測した。(だから近江商人にとっては絵の正確さ云々はあまり問題ではなく、世の人たちに興味関心を抱かせるものであれば良いという思いが透けて見えるのである)
次に“アイヌ絵”としては最も知られているのは蠣崎波響描くこところの「夷酋列像」である。蠣崎の「夷酋列像」はその繊細かつ超リアリズム的描写が当時は大きな反響を呼んだという。私も数年前に北海道博物館で目にすることができたが、その見事な描写に感嘆したことを憶えている。
※ 「夷酋列像」の中でも特に有名なイコトイの図です。
その「夷酋列像」も研究者の目から見ると、さまざまな疑問が浮かび上がってくるという。一つはそれぞれのアイヌが豪華の衣装(蝦夷錦)を纏っていることである。また、下肢にはアイヌには考えられないタイツ様のものを身につけたり、ブーツを履いたりしている。
さらには、そのポーズにも不自然さを感ずるという。
それらは全て蠣崎の中で考えられたことであり、蠣崎が過去に習作のために模写したものを応用したりしているということだ。
その目的は、蠣崎が家老を務める松前藩の健在ぶりを幕府にPRするために描かれたという。
※ こちらは威風堂々と見えるツキノエです。(二つの絵ともウェブ上から拝借)
その他にも数点の“アイヌ絵”が提示され、それぞれがある目的をもって描かれていたことを五十嵐氏は指摘した。
ことほど左様に、“アイヌ絵”に限って言えば、絵としての価値も大切だが、それ以上にその絵の裏に隠されているさまざまな背景をあぶり出し、歴史資料としての価値を見い出せるとした。
そういえば定期購読している月刊文藝春秋誌の「中野京子の名画が語る西洋史」もさまざまな絵の背景を語ってくれて楽しい。絵画を鑑賞するうえで、新たな視点を得られた思いである。