モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



阿蘇神社からは、もう帰路です。阿蘇五岳ともそろそろお別れ もっとよく見えるポイントもあるけど今回はこれです。

涅槃像のお顔の部分の根子岳がはっきりしませんが・・・10月4日 ここで14時です。

 

火事でない限り 煙が出ている景色って好きです。私は運転してませんが 帰りのコース 阿蘇と言えば、ススキが見たかったけど・・ちょっと これじゃね~

 

標識には 阿蘇くじゅう国立公園 と書いてあります。お天気はいいし 空もきれい・・帰りのコースを選んだわけは・・

日田から宝珠山を通って 嘉麻市 道の駅カッホーに寄りたいのです。 ホテイソウの立派なのが 40円で売ってるんです。

 

あ~ 秋です。秋の歌が頭に浮かびます。  私の場合 【歌】は短歌ではなく 童謡唱歌 です。

 

大観峰には寄りませんでした この後 瀬の本高原で休憩 焼き芋のソフトクリームを食べました。 初めてです。 紫芋ならあるけど、焼き芋ですよ。。 そして・・・・実際に焼き芋の味がしました。

 

九重連山が見えました。 日田を通って 夜明けを通って 宝珠山を通って 道の駅カッホー に着いた時は 蛍の光が流れていました。 5時閉店なんです。 

私達の為に待って下さったけど 売り上げは 二人で80円 本当にありがとう。 でも このために阿蘇から急いだんですよ。

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阿蘇神社への行き道 熊本県出身の友人が寄ってくれました。彼女は震災の時 たまたま帰省していて熊本大地震を体験しています。 下のほうに滝があるけど 阿蘇神社が気になるので下には回りませんでした。

 

地震で壊れた阿蘇大橋が 南阿蘇村震災の遺構として痛々しい姿で残っています。

 

立野には 石橋探訪でお世話になったご縁で ずっとお付き合いのあった方がおられます。震災後、暫くしてお電話したけど 不通だったのでそれ以後は自重しています

 

数鹿流崩之碑 (すがるくずれの碑) です。

 

・・・阿蘇大橋が被災し、熊本と阿蘇を結ぶ交通が絶たれ、大学生一名の尊い命が奪われた。・・・・とあります。

ニュースを見た人たちの祈りもむなしく亡くなりましたが そのご遺体を見つけたのは 諦めることなどできず、お独りでずっとずっと探されていた 母親でした。

私たちは その場で合掌して その青年のご冥福を祈りました。

 

ここは、テレビで 工事中の様子を 見たことがあります。こういう風になりました 

 

友人と話したのですが こんなに空が青いのも お母さんは切ないやろうね と。

私は とにかく空をよく見るので こよなく晴れた青空を 悲しと思う切なさよ~ の歌が浮かびます。 

 

この工事では 土木賞が贈られたのですね。 

 

私は建設会社の事務をしていたから、工事現場を見ると 多くの技術屋さんと もっと多くの作業員の方たちが・・・・と いつも思いますが 読んでびっくりしました。無人化施工技術 ❔❔❔

 

足もとには ずうっと 鮮やかなピンクのお花が咲いていました。 胸の苦しくなるような場所で ほっとしました。

 

ホントは 確認したいけど したくないことがあります。長陽大橋も工事されたのですが その下に黒川橋があったのです。

これは震災ではなく 平成24年7月九州北部豪雨により流失しています。  私が黒川橋を訪ねた時のの記事です。

2007年の記事

(タクシーで探し回っています。 無いという運転士さんに、有るんですと私)

長陽大橋の上から見るんだけど。。。(地図では確かに近いんですが、道は無く長陽大橋からみるとメモしてた)



下を見ました。。。。「黒川橋」をご紹介します。



遠くからでも見ることが出来てよかった。。  今はありません

 

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日田彦山線BRTを見に行った日 ライトアップまでに時間があったから すこしドライブ 【やまなし】を見に行こうと友人。

この写真一番右端が 栗木野橋 5連の最後のアーチが見えています。左に進みます。

 

宝珠山町 竹地区 柵が見えます 展望所です。ヒガンバナが咲いていました。道端にへたったのがあって友人が 提灯を作って見せてくれました。 茎を2センチくらいで折り曲げて回してまた折り曲げる・・・ 茎を横向きに持って花を下にする。

私は線香花火に見えました。

 

日本の棚田百選、 【竹地区の棚田】 農林水産省認定 の案内板がありました。 風で一部 なぎ倒されています。

 

頂上にやまなしの樹があるのです。『クラムボンはわらったよ。』『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 あのやまなしです。

左のほうに風鈴のようにぶら下がっています。

 

掛け干しがありました。上から撮ったので、写真を撮る私が映り込んでいます。影はシミ・シワが見えなくていいね。

 

そばまで行きました。 掛干しのある風景って 良いですね。

 

掛干しの裏から坂道を登ったらお堂があります。大師堂だったと思います。ご近所の方達が集まることがあるようです。

岩を刳り貫いてありますよ。

 

道端に岩を刳り貫いて 石仏がありました。てるてる坊主のように可愛らしい石仏さんでした。

 

そして ライトアップの所に戻ったのです 記事は前後しましたが 奈良尾橋に期待して 戻りました。 こちらは ライトアップしてありません。バスの通る時間に合わせたのに・・・薄暗くなってはっきりしないけど 水色ですね。

 

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友人と3人 日田彦山線のBRT&眼鏡橋のライトアップを観に行きました。 頭の中では3人とも銀河鉄道をイメージしています。 バスだけどね・・

2時に出発して4時5分、2時間ですね。宝珠山 奈良尾橋です。バスが通るのを観たかったけどタイミングが悪かった。

 

2017年7月九州北部豪雨によって被災したのですが 2016年 被災前、パソコンの会で行った時 電車が走っていました。

もう この姿は見られません。

 

通過時間を計算して進みます。 金剛野橋(栗木野橋梁)です。 BRT、ひこ星が来ました。黄色です。

 

同じ写真じゃないですよ。バスが少し進んでいます。

BRTとは、Bus Rapid Transit(バス・ラピッド・トランジット)の略称でバス高速輸送システムとも言います。(ネットより)

 

ライトアップまでは、まだ時間があるため 他を回り 岩屋駅に戻ってきました。ひこ星を待ちます。

 

駅舎から道路を挟んで 日田方面行きのバス停  

彦山駅~宝珠山駅間の線路敷地を「専用道」に整備し、添田駅~彦山駅及び宝珠山駅~日田駅間については、地域住民の生活圏に近い「一般道」を走行することで、利便性の向上を図ります。(ネットより)

 

この踏切が気になります。専用道路を横切って左側に集落がある為、踏切があるけど運転士さんが開閉するのかな?

 

 

日田行きのバスが来ました。緑色です。

 

3人くらいの乗客 手を振ってくれました。 私から振ったんですけどね。。ここはもう踏切・・・車内から操作して踏切開閉しました。

 

反対側から ひこ星・・・ 添田行きです。 水色です。

 

トンネルのアーチに入るところです。 ふぅ~ 仕組み?が分かって すっきりしました。

地域の思いを乗せ、未来に向け駆け抜けていく「日田”彦”山線の”星”」となるように願いを込めて名前がつけられています。(ネットより)

 

 

さぁ~ 6時半になりました。 ライトアップの時間です。 

もっともっと 期待してたんだけど・・ まぁ 少しでも観られてよかった。金剛野橋(栗木野橋梁)です。

 

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宇佐神宮の流鏑馬に行くバスツアー  先に 岳切渓谷(たっきり渓谷)に行きました。

10cm~20cmの深さ サンダルで歩けます。 

 

水は澄んで透き通って見えます。 一枚岩だそうですよ。

 

水に入らない人は 水辺の散策。 涼しくて しばし暑さを忘れました。

 

水があるって分からないでしょう? 透き通ってるんです。

 

まだおむつをした赤ちゃんが 水の中・・・ 心配になってしまいました。

 

小さいエビがいたようです。 「エビがおったよー」の声がしました。

 

えっ サンショウウオかな? 終点まで1300m でも戻るのにまた時間がかかるから 引き返しました。

 

でもこのまま帰ったら なんだか心残りなので 水の中に入ります。 妹は裸足で歩いて川の中に

私は 左側の人のように 腰かけて 足を水につけます。 【足湯】の水バージョンですね。

 

あ~ 冷たくて気持ちいい・・・

 

これを見たとき ビニールが引っかかってるのかと・・・ よく見ると葉っぱでした。 でももっとよく見ると・・・なんと・・・・蝶々 これって 擬態? 葉っぱのふりしているのかな

妹が「横から見らん方がいいよ」と制止するので、私は一歩下がりました。 きっと グロテスクな虫なんです。

🦋 友人からのラインで・・・・ 上の蝶々は オオミズアオ という 蛾の仲間だそうです。(8/13追記)

 

入場料も要らないし 子供達には楽しい遊び場ですね。

 

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笠沙美術館から 坊津(ぼうのつ)へと行きました。 写真右下のほうに 鑑真和上の後姿があります。 

海を眺める後姿が一番相応しいと思うけど 像の後ろに記念碑のようなのがあり 何か背負っているように見えるのです。

 

正面から撮ってます 海のほうを見ていますが もう視力はありません。

 

日本渡海を5回も失敗し、ついに視力を失うなどの苦難を乗り越え、6回目に遣唐使船でようやく秋目に着いた。

天平勝宝5年(753年)   そして奈良の都に入り、東大寺に戒壇を開き、唐招提寺を創建。 

 

記念館に入る手前、玄関横に アサギマダラが乱舞していました。まだ乱舞じゃないですね。 飛ぶ練習をしている感じです。

4頭いるのですが みつけられるでしょうか・・・ 

 

鑑真記念館に入ります。 中は一部の展示物を除いて撮影禁止です。しばらくビデオを見ました。

よく 日本に来て下さったと感謝せずにはいられません。

 

こんな船だったのです。。 

 

【天平の甍】 本は読んだけど 映画は見ていません。 鑑真の役 どんな俳優さんが似合うと思われますか?

田村高廣さんだったのです。 なんかぴったりですね。

 

ここは枕崎です。 友人が カツオのたたきが食べたいというんです。2切れ3切れでいいからと・・・店頭で焼いているけど そこでは買えない 階上レストラン?で食べるようです。 

でもドライブのリーダーは 友人の姪、裕子ちゃん 待てないのです。 却下 友人は残念そう。

 

ここは ツアーで寄ったことがありますが 鯉のぼりが 鯉じゃなくかつお 鰹のぼり です。 5月3日です。

 

私は後部座席に乗っています。 右に見えるか左に見えるか きょろきょろして 開聞岳だと思います。

 

 

そして桜島

 

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表札には  十五代 沈壽官  門を入ると 韓国と日本の国旗が掲げてあります。沈壽官(ちんじゅかん)窯です。

 

トルハルバンが出迎えてくれます。 済州島を象徴する存在で、「石で作ったおじいさん」を意味します。

災いを防ぎ平和をもたらすとも言われているそうです。(ネットより)

 

沈壽官家の由来 という栞より 沈家のあゆみ

慶長2年 第17代薩摩藩主島津義弘公は朝鮮に再出陣し、慶長3年(1598年)約80名の陶工たちを連れ帰り、そのうち40余名が

鹿児島の串木野島平に着船した。ー中略ー 慶長8年 現在地に移住し初代当吉が苗代川焼を開窯

島津家は陶工たちを優遇し、士分に取り立てその芸術的所産には、薩摩の国名を冠し、爾来明治維新までの二百数十年間、島津家の庇護を受けながら陶技を磨き続けた・・・以後略 

 

薪が積んであります。登窯を想像するとワクワクします。

 

連れの2人は何度も来ていて 登窯は私だけで 見ています。 炎が見えるような気がします。

 

炉内の製品?を一定に高温に保てるように坂道を利用している と聞いたことがあります。

 

直売店です。 それこそピンからキリまであります。 ここは3人です。

 

隣には 売るためじゃなく 代々の方の芸術作品が展示してあります。 そしてここは 友人と二人 裕子ちゃんは 何度も見たからと休憩しています。

 

沈家伝世品収蔵庫 です。 一歩入ったとたんに 私は胸が震えました。 見る目なんてありません。 その雰囲気です。

 

この象です。 撮影はできないので図録です。 

白薩摩象置物(小):左 H.76.0 cm   L.102.0cm 白薩摩象置物(大):右  H.82.8cm    L.108.0cm    いずれも 12代沈壽官 

本物の象を見たことがなかっであろう当時の人々の手による と書いてあります。象の背中に透彫の楼閣で唐子が遊んでいます。

いつか 他のものもご紹介したいと思います。

 

 

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高校の同級生と、その姪っ子 裕子ちゃんと3人で・・・夕方 6時ごろの出発 夜中に鹿児島に着いても困るので 水俣でビジネスホテルに泊まり 翌日6時半出発・・・

最初の目的地 水俣(まだ熊本県です) エコパーク水俣バラ園 

 

 

こんなに広くて 素晴らしいバラ園で しかも入園無料 (維持費の協力金募金箱があります。)

 

 

ゴールデンウィークの5月3日 渋滞を避けるため時間調整 7時ごろに着いています。 受け付けはないから入れます。

牡丹のような大輪でした。 イブピアッチ という品種 マスク越しでも強い香りがします。

 

こちらは まるで 椿のようでした。 

 

舟形の台です。 ここの手前で従業員の方が 樹のように立派なバラを掘り起こしていました。虫がいてダメになったって・・・友人が話を聞いています。

私は虫は見たくないので無視です。でも怖いもの見たさに離れた所から見ると 貝のようなのがみえた・・・

 

舟の名前がさなぎ なぎさ? やっぱりさなぎ、虫と聞いて そう見えてしまいました。 あさなぎ かな

 

テラコッタ という品種 友人の家に 以前あって、私は 茶色オレンジ赤の色が 大好きでした。

 

さぁ 鹿児島県 目指すは薩摩川内市の石橋です。(コースはドライバーの裕子ちゃんにお任せですが 私の希望で・・)

阿久根市を走って 最初の休憩 道の駅 阿久根 まだ早すぎて お店は開いていませんでした。

 

海は東シナ海 目の前の島がどこか聞きたいけど 誰もいない ・・・私は 甑島じゃないかと思っています。

ブログ友の chiroさん 教えてくださいね。 ぼーーっとしか見えないけど・・・

 

走行中に車窓から・・・ 島じゃなく岩ですが、鯉のぼりがありました。5月3日のことです。

 

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前の記事で ご紹介した仁王像 阿像は 長電話なので 聞き耳を立てている方の像です。

予定にはなかったけど お弁当食べた近くだから これもご縁 お参りすることにしました。

 

振り向いたら桜並木の川べりです。お弁当を頂きました。

 

友人と二人 石畳の坂道を上る・・ この友人も山ガール 日本アルプス組です。

隣に車道がありました。 姿の見えない友人の姪 ゆうこちゃんは・・・ハイ 車を取りに行ってます。

 

やっと 鳥居の向こうに 拝殿が見えてきました。

 

御祭神 誉田別命 調べたら ほむたわけのみこと 応神天皇 のことでした。

由緒

醍醐天皇延長3年(925)2月に宇佐八幡宮を勧請して創祀。
神社名鑑 より。 ネットより拝借しました。  案内板抜粋

 

奥に神殿が見えますが なーんとなく怖いのです。 誰も人がいなかったし 樹が多い 虫が落ちてくるかも・・・

 

境内に 古い鳥居がありました。 刻まれた文字は 大きくて目で見えるのですが 隷書体かな?

寛永卯乙 ??? 読めません。

 

だーれも来ないのに 桜はきれいに咲いていました。 

 

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国東半島ドライブ中 仁王像が見えました。あちこちで見られます。  タイトル通りでしょ

 

 

製作年1768・・・約250年前ですね。

電話かけているような阿像と聞き耳を立てているような吽像・・・・案内板にもそう書いてあります。

 

私たち3人 お花見です。 お弁当を食べる場所を探して こんな道端でーー真ん中ぐらい 右に広がった所にしました。

 

桜に 菜の花に 川の流れに・・・・ なんと美しい・・・最高でした。

 

友人が作ってきたお弁当 🍙は炊き込みご飯 おかずはトリカワの酢の物 ひじき ほうれん草 卵焼き そして・・・

 

からあげは現地調達 車中から撮ったので見難いですね。 大分と言えば大分市は とり天  宇佐は鶏のから揚げのようです。 ぶんご さん 注文してから揚げてました。 いいにおいがするから早く食べたくて・・・冷めないうちに 道端・・・

 

右 高校時代からの友達 卒業後も絶えたことのない付き合いでした。結婚式には友人大代表のスピーチしたし・・・ 

頭部は中に着ているパーカーのフードをかぶって宇宙人さながら・・

左は ゆうこちゃん 私たちより10歳年下 友人の姪 小学生の頃から知っています。運転抜群です。

 

最初の仁王像は・・・といえば 右側赤い看板の先 見えています。

 

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