今日は敬老の日で、こういう日は日にちが決まっていれば良いのにって
毎年同じことを思ってしまうのだが、今年はいつもの敬老の日とはちょっと違う。
それは敬老する人がいなくなってしまったからだ。
ばぁちゃんが亡くなって、気がつけば7ヶ月にもなる。
大震災のお陰と言ったら語弊があるけど
私にとっては悲しみに暮れる生活で無かった事が幸いしていたようだ。
酔芙蓉の蕾
去年までは…この時期、お世話になっていたディやショートの施設からの
敬老の日のお祝いとかで、なにかしら心のこもったお祝いの言葉があって
私もばぁちゃんの為に、何か食べられそうなものはないかと
自分の好きなものと合わせて、スィーツなどを吟味していたっけ。
考えてみれば…ばぁちゃんは、市で開催される敬老会に
一度も出席する事もなく逝ってしまった。
やり残した事や行きたいところ食べたいものもあっただろうに
そんな事を思いながら、敬老の日を祝ってあげる事もなく
祝ってもらうにはまだ早過ぎる我が家。
朝の酔芙蓉
寝たっきりで14年もいて、お世話に明け暮れた年月だったけど
今 思い返せば、ばぁちゃんの存在の大きさに驚かせられる。
我が家では、この8月から息子の勤務形態が代わり
今まで日勤だったのが12時間勤務の二交代となった。
夫は三交代で、誰が休みで…いつ夜勤で日勤で
訳が分らなくなってしまうので、カレンダーに印を付けていたりするけど
それでも急な残業や出勤があったりで、その都度申告をしてもらわなくちゃ
シッチャカメッチャカになってしまう私。
昼の酔芙蓉
しかし、上手い具合に両方とも夜勤にぶつかる事もなかったのだが
先日二人して夜勤の時があって、そういう時は私一人になってしまう。
元々一人暮らしなら慣れるって事もあるだろうけど
昔は7人家族で、一人二人と家を離れ、今は夫と息子と三人暮らし。
誰もいない夜は静かだけど、なんだか寂しいって小娘じゃあるまいし!
思わず苦笑しちゃった。
夕方の酔芙蓉
今までは、夫が夜勤で息子は飲み会などで居ない事はあったけど
そういう時隣の部屋にばぁちゃんがいると思うと
話せるわけでもなく動けるわけでもなく
ただ寝てるだけの存在だったけど、居るってだけで心強かった。
シンと寝静まった中に、寝息だとか咳き込みだとか
時には暑くないだろうか、寒くはないだろうかと
そんな些細なことでも存在感は確かにあった。
次の日の朝には萎んでしまった酔芙蓉
いつも何かがあったら、すぐに行けるようにと
隣のばぁちゃんの部屋との襖は開けっぱなしだったが
今は閉め切って、小さい豆球がポツリとひとつ…。
せめて今日はと、サツマイモを掘って芋ようかんを作って
じいちゃんとばあちゃんが食べられるようにと、お仏壇にお供えした。
久しぶりの雨模様、昨日か今日はあちこちで敬老会が行われたのだろうな。
県内の100歳以上の高齢者は、760人あまりと
16年連続で過去最高を更新したようだ。
そこまでとは言わないけど、もう少し長生き出来たら良かったのに…。
そんな事を思いながら、いつもと同じような淡々とした日を過ごす事となったのは寂しい。