「サゲスマされた洛外人」である京都人・井上章一先生には、一連の御著「京都ぎらい」「京都ぎらい・官能編」「京都まみれ」などで、「京都=洛中」を舌鋒はげしくののしられる。読む者には洛外人である無念さかと小気味よくも聞こえるが、騙されてはいけない。言外には大いなる京都愛が見て取れる。
この本とてカバーには「京都の街は美しい」と思いますか?と挑戦的な言葉が書かれている。
氏は京都大学工学部建築学科のご出身である。是又「京都愛」につつまれた建築・都市評論であろうと確信している。
内容(「BOOK」データベースより)
30 此段昨日之 御請ニ仕上候事
一天草へ渡申 越中様御人数一万五千渡申由
被為 聞召候左程御座有間敷と被為 思召候
間様子可申上之旨被 仰下候へ共其 御請不
仕上之由被 仰下候其段承不申御請不仕致
迷惑し冣前天草へ渡申御人数一万五千之
着到別と上津浦にて承申候 熊本ニハ長岡佐渡
長岡監物ハ手廻斗勘解由与ト前々の御門番
斗残居候て其外十二三之御目見奉公人迄
肥後様御供ニ参候佐渡人数ハ式ア少殿供侍
監物手人数ハ子よ七り召連参候侍衆一人にて
たとへハ百人召連候ヘハ六十人余ハ百性之かり出し
二て御座候 御鉄炮衆ハ地侍と申候て在郷鉄炮人足
迄相添壱万五千ニて御座候由申候 熊本ニ御人数不
被為残置候ニ付 肥後様御前ニて監物申上候ハ
自然之事御座候て佐渡・勘解由・監物申合熊本
御城ニて勝切仕候ヘハ埒明申候と申上ニ付肥後様殊外
御腹立被為成之由申候 江戸上方ニ越中様御人数
(寛永四年五月)十八日~十九日
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| 十八日 山崎伝左衛門
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中津奥方ヨリ三斎 |一、昨晩中津ゟ御奥方ゟ、 三斎様へ上ル 御文箱渋帋包一つ、江戸への便宜ニ可差上通、長舟十右
ヘノ文書 | 〃 (藤田宗利)
| 衛門・一色木工助殿ゟ被持せ越候を、慥うけ取置候、宗田藤理・山岡書鑑上りニ可差上事、
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| この中津奥方という記述は大変興味あるところだが、何方であろうか? お万(烏丸光賢室)の生母は元和六年に亡くなっている。
そうすると立孝(宇土家)・興孝(刑部家)兄弟の生母・幾知(圓通院)であろうと思われる。
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大坂詰小早下着 |一、昨晩、大坂御つめ小早之御船頭井上右衛門舟ニ預りの御舟ニ、御鷹師木工左衛門事、京極丹後様
京極高広ヨリ巣隼 | (慰英) (是次)
| ゟ被進之巣隼を壱つのせ、右ノ御小早下申候ニ、仁保太兵衛・米田左兵衛方ゟ状来候、相替儀も
| 無之候事、
下毛郡借米奉行前 |一、下毛郡寛三ノ御借米奉行伊藤金内・小野又兵衛方ゟ、吉用・坪井・藤田切手を持せ、伊藤金左衛
蔵奉行参人ノ切手 | 門内照山市助を以被差上候、則しちへやニ御さん用聞衆被居候間、是へ被相届、裏判を被取候
ヲ届ク | 而、両人へ被返候へ、大事ノ切手共ニ候間、念を入可被申通、市助ニ申渡候事、
築城郡借米奉行前 |一、築城郡御借米奉行中間市大夫、先御蔵奉行ノ切手を被持出候、則御さん用聞衆へ被相届候ヘハ、
蔵奉行ノ切手ヲ持 | うら判を仕、被返候間、しちへや御持参候へと、申渡候事、
参 |
宇佐郡奉行呼出シ |一、去十四日ニ、宇佐ノ御郡奉行三人共ニ、早々此状参着次第ニ被罷出候へ、去免違ノ書物終埒明不
去免違ノ書物未済 | ノ状 (元次)
| 申候間、被罷出候ハヽ、其上らち明可申通を、芦田與兵衛くミ西角右衛門ニ持せ、遣候ヘハ、
| (吉用)
| 九大夫壱人被見、頓而出津仕候、杉無兵衛もはや小倉へ被出候間、是ハ状を不及届ニ、■俄上村
| 甚五左衛門も煩ニて、とても小倉へ被で候事ハ相成間敷候間、状を不及届由、九大夫殿被仰候へ
| 共、甚五左衛門殿ヘハ参候ヘハ、御返事御座候、其御ふれ状ハ甚五左衛門殿御とり置候由、申候
| ニ付、無兵衛・九大夫被出候や、見候而参候へと申付、右之角右衛門を両人やとへ遣候ヘハ、両
触状ニ判形ヲ取ラ | 人共ニ未罷出由申候、ふれ状ニ判形も不取戻候、無念仕段、角右衛門ニ申渡候事、
ザルハ無念 |
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|一、杉生木工左衛門使ニ、佐藤少三郎方ゟ、加々山主馬方へかミノ袋壱つ被差下候、主馬留守居柴尾
| 源右衛門をよひ、渡申候、右ノ袋ノ内ニ、銀子も在之由、書付ニ在之候、此段も現右衛門ニ申渡
| 候事、
| 右紙袋請取申候、
| 加々山主馬内
請取 | ■柴尾源右衛門(花押)
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加藤忠広領加子ノ |一、加藤肥後様御領、豊後之内神崎村庄屋休法下人善七、歩之御小性山口半次召連参、肥後様御内
人返シ | (着 替)
請取切手 | 衆野村忠兵衛と申仁ニ相渡、御家老衆へ之返事取、被罷帰候、又右善七きがへ万渡候請切手も
| 取参候、いつれニ渡可申哉と被申候、兵助・善右衛門ニ可被相渡由、申渡候事、
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| 十九日 加来二郎兵衛
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|一、星野半太夫方へ、少介・小瀬助兵衛所ゟ遣候状を、藤田宗利ニ相渡、江戸へ遣候事、
矢製作ノ覚書 | 藤田宗利覚書
| 一、ため申事 三十四五本
| 一、洗申事 六拾本
| 一、をきため 五十五六本
| 一、をきためして洗申事 弐百本ほと
| 一、はつさし申事 矢五六十本
| 一、羽わり申事 矢五十五六本
| 一、矢はき申事 にかわを引、すミを引 八本
| 一、羽つくり申事 矢三拾五六本
| 一、うるしさし申事 三十四五本
| 一、羽をし申事 五六十本
| 右之外ニ、うるしこし、又ハくろめ矢ノさわし申事在之候
平均一人一日四本 | 右之分、日数ニならし、壱人壱日ニ付、四本宛出来可仕由、宗利被申候、
永勝院進物ノ墨絵 |一、永勝院法印遺物墨絵三幅、きりの箱ニ入たるを、右之弟子宮内卿持参被仕候を、皆川治ア方へ相
ヲ天守ノ道具奉行 | 渡置候事、
へ渡ス |