百醜千拙草

何とかやっています

四肢再生

2008-04-04 | 研究
ケン ムネオカさんはルイジアナ、チューレーン大学の分子細胞生物学の教授です。私がはじめてムネオカさんの仕事を知ったのは、十年ぐらい前にFGFの四肢のパタニングへの役割を調べた論文をたまたま読んだことによるのですが、その論文では妊娠中期のマウス胎児の足の指の隙間にFGFをしみ込ませたビーズを手術で挟み込み、子宮に戻して発生を観察するという極めて繊細な職人芸が披露されていました。体長僅か数ミリの胎児のマイクロンレベルの足の指に子宮内手術を施すというワザにスゴいものを感じさせます。私はこの手の職人芸にいつも惹かれてしまいます。普通の人にはまねのできないプロの切れ味みたいなものを感じてしまうのです。しかしそれ以来、分野が違う事もあってムネオカさんの仕事をフォローすることもなく月日が流れたのですが、たまたま先日、一般向けの科学誌、Scientific Americanにムネオカさんが寄稿されているのを目にしました。現在の研究の大きなテーマの一つは哺乳類での四肢の再生の研究ということらしいです。サンショウウオなどでは手足が切断されても、二ヶ月ぐらいで再生されます。人間ではそうはいきません。しかし詳しくみていくと、人間でもあるていどの再生は認められますし(たとえば胎児の指の再生など)、失われた四肢を再生するというのは、十分現実味のある話のようです。サンショウウオの足の再生時にはBlastemaと呼ばれる未分化な細胞が切断端に増殖してきて、発生時と同様の分化プロセスを経て、再生を誘導します。サンショウウオではBlastemaを誘導するにはいくつかの条件を満たすことが必要で、一つは神経が切断されることです。この神経の切断がBlastema細胞を誘導する因子を出すらしいです。第二に必要なものは、繊維芽細胞、そして傷ついた上皮です。人間でも、指先であれば、切断後の再生例というのは多数報告されています。主に子供ですが大人でも報告があります。しかし、よく実際の医療現場でやるように、指先を切断してしまった場合に皮膚を縫合してしまうと再生はおこらなくなってしまいます。これはサンショウウオの実験でもわかっていて、皮膚を縫合して傷口を閉じてしまうことでBlastemaの誘導が阻害されるかららしいです。同様に、マウスでも指先の再生はおこるらしいのですが、サンショウウオとかと比べると再生上皮が傷口をカバーしていく速度は非常に遅いそうです。マウスにもこの過程でBlastema様の細胞が出現することがわかっています。またヒトの場合、サンショウウオと違って、真皮の繊維芽細胞は傷を受けた場合に多くの繊維を産生し傷跡を残しますが、この繊維の組織への蓄積が再生という点でも、組織機能の保持という点でも良くないことがわかっていますので、繊維の産生をうまく抑制することが鍵である可能性があります。いろいろ困難な問題はありますが、こうしてサンショウウオとヒトまたはマウスとの違いを明らかにしていって、再生過程を操作する方法を開発していけば、いつかはヒトでの四肢の再生というのは可能になるかもしれません。
ところで、この研究はアメリカ防衛省から資金援助を受けているようです。防衛省は兵士の健康増進、戦争時の傷害の予防、治療などを目的にした医学生物学研究に資金援助をしています。 私は「translational research」という言葉や概念が大嫌いなのですが、今回のムネオカさんの研究は、基礎研究としても非常に興味深いし、臨床応用の可能性という点でも夢のある話だと思いました。しっかりとした基礎研究がまずあって、その上で自然と臨床応用への道が浮かび上がってくるようなtranslational researchであれば、Win-winだと思うのですが、残念ながら、多くのtranslational researchというのは研究費が目当ての即席プロジェクトのように見えます。それでは基礎研究としても応用研究としても使いものにはなりません。
ともあれ、今後のムネオカさんの研究に期待したいと思います。
コメント
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