研究をして何か有意義なものを発見して人類の知の蓄積に貢献したい、と研究者は思っていると思います。研究者に限らず、多くの人々は、何らかの形で社会に貢献したいという気持ちを持っているでしょう。わざわざ自分の時間を費やして人の論文の査読をするのも、科学の世界を微力ながら支えようとする善意とお互い様意識ゆえではないかと思います。
しかし、世の中には自己利益の追求のために人の善意を利用するという人々も少なからずおります。
というわけで、私、さんざん、論文査読については文句を言ってきていますが、誰かがやらねばならない仕事であると思っているので、頼まれれば、原則的に引き受けることにしております。査読によって出版される論文がある一定の質を保ち、それが研究活動そのものの健全性を保つと思ってきました。ま、考えが甘いわけですが。
正直、科学論文はアカデミアのnon-profit organizationが中心になって出版されるべきだと思います。Natureなどの商業誌は、アカデミアで税金などの公的資金でサポートされている研究の原著論文は出版すべきではないのではないかと私は思います。
科学論文出版業界の矛盾や問題は散々、議論されてきていますけど、研究者が努力して作り出した価値である論文を研究者が無料でチェック(査読)し、論文を発表するために商業出版社に一本、何十万円という出版料を支払うばかりか、その成果を知るために研究者は出版社に講読料を払う、というシステムは、常識で考えると詐欺に近い。商業出版社は製品(論文)をカネを取って仕入れ、仕入れ先に無料でチェックさせた上で、カネを取って売る。とりわけ、最大の出版社、Elsevierの超高額な購読料は問題になっており、大学によっては購読を中止するところもふえています。Nature グループにしても次々に姉妹誌を作って、ブランド名で囲い込んだ上で、オンライン雑誌にもかかわらず通常の二倍近い掲載料をとるような雑誌を作る、全く金儲け主義としか思えません。
先日は珍しく、レビューの依頼が三本重なりました。2つは同じ雑誌で、これはアカデミアの研究者が論文出版の商業主義に反対して十年ほど前にできたもので、近年、評判を上げている雑誌です。この雑誌はちょっと変わったレビューシステムを採用していて、論文はまず数名のレビューアが独自に評価し、その後、エディターがモデュレーターとなってレビューア同士でオンライン ディスカッションを行い、全員の意見の合意をまとめて著者に返すということになっています。この過程でレビューア同士にはお互いのアイデンティティーが明らかになります。私もこの雑誌の趣旨には賛同するので、これは二本とも引き受けました。
三本目の依頼が問題でした。数ヶ月前、聞いたこともないElsevier系の雑誌からの依頼でレビューをした論文のリバイスでした。この論文はあまりに出来が悪かったので、うっすら覚えていました。それでも一応、真面目に読んで、5-6のコメントを書いた上でリジェクトするようにと返事したはずのものです。リバイスのレビュー依頼を見て、こんなものがリバイスになるはずがないと思って、念のために最初のレビューをみなおすと、なんとレビュアーが5人に増えていました。私を含む最初の2人、そして後から付け足したもう3人目は全員リジェクトが妥当としているのに、さらに後から付け加えられた二人がリバイスを推薦しており、彼らコメントをみると、たった一行。しかも、非常にあいまいなコメントです。明らかに出版論文を集めるのに苦労しているこの怪しい雑誌が、とにかく出版して掲載料を稼ぎたいので、サクラのレビューアを引っ張ってきて無理やりにリバイスのチャンスを与えたのが丸わかりです。つまり、これは、ピアレビューという体裁をつけるためのヤラセです。さすがに、私もムッとして、エディターに「冗談も大概にするように」とレビュー拒否のコメント欄に書きました。Elsevierとこの雑誌は金儲け(あるいは縁故主義)のために科学に携わる人間としての良心を失い、レビューアーの善意を踏みにじったと言えると思います。
ま、多かれ少なかれ、この手の不正はあるのでしょうけど、これほどあからさまなものは初めてです。真面目にやるのがバカらしくなりますね。
(アベの「桜を見る会」のほどは酷くはないですが)
来週いっぱいは、暖かいところに出かけますので(一応仕事で)お休みする予定です。
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