新聞から年賀状が結びつきました。
読売新聞2006年12月27日の「編集手帳」は、
新聞連載していたドナルド・キーンさんの回想録が終了したのを取り上げて書かれており。印象深く読みました。ここでは、そのコラムの最後の箇所を引用してみます。
「年賀状を書きながら、その人と知り合った昔を顧みて、ふと筆の止まるときがある。袖すり合う縁がなかったら自分はいま、どこで何をしていただろう。歩むことのなかった『分去(わかさ)れの道』を旅するのも年の瀬である。」
そういえば、読売新聞2007年1月8日の読売歌壇。その岡野弘彦選の4番目に
六十年つづきし賀状絶えて二年なつかしき文字忘られず待つ 常総市 斎藤きぬえ
というのが目にとまりました。
岡野弘彦氏は東京新聞でも、選者をしておられるようで、12月24日の東京新聞の東京歌壇。岡野選の最初に、六十年という言葉がありました。
兵の日の長き七年に比ぶれば生還六十余年なんと短き 杉並区 堀内清三郎
ところで、年賀状へともどります。
産経新聞のコラム「正論」が新年5回の「年賀状」という特集をしておりました。
1月3日 佐伯啓思氏「団塊ジュニアへの年賀状」
1月4日 曽野綾子氏「子供たちへの年賀状」
1月5日 千 玄室氏「千利休への年賀状」
1月6日 田久保忠衛氏「安倍首相への年賀状」
1月7日 藤原正彦氏「若い君への年賀状」
私は曽野綾子さんの文が鮮やかな印象として残りました。
いつぞや曽野さんは「平易でない名文はない。難しい文章はつまり悪文なのである」と書いていたことがありました。その通りの平易な名文です。際立っておりました。
そこでは、6つの提案を子供たちにしている。
ここでは、曽野さんの始まりの言葉を引用してみます
(ついつい、全文引用したくなるのですが、ここではよしましょう)。
「ほんとうは私は一人の人のお名前を入れてお年賀状を書きたい。でもそれはできないことだから、皆さんあてにしますが、思いは一人一人にあてています。
昔からお正月には皆が、いろいろといい決心をするものでした。日記を書く、とか、お母さんのお手伝いをする、とか、私も子供の時は、いい決心をしたものだけれども、なかなか続かなかった。長続きしない人のことを三日坊主というのだけれど、お坊さまにお気の毒ですね。それでも、やはり今年やってみたらおもしろいと思うことをいくつか提案します。」
ここから、欲張って6つのお勧めをしております。「このうちいくつできるかなあ」という提案なのです。
余談になりますが、せっかくですから、ひとつぐらいはお勧めを引用しないとね。
では3つめの提案を引用してみます。
「毎日、少しずつでも本を読むこと。お猿と人間の違いを知ってる?お猿の方が木登りがうまいとか、ノミをうまく取るとかいろいろあるますけれど、大きな違いは、お猿は本を読まないけど、人間は本を読むということです。マンガだけではだめです。活字というものは人間の脳を発達させる大発明です。本を読めば必ず利口になります。利口になるとたぶん美人にもイケメンにもなるの。」
どうです、曽野さんが子供たちへ、このように提案しておられる。
ああそうだ、と私が思い出したのは、瀬戸内寂聴さんの言葉でした。
「・・『才女時代』で、曽野綾子さん、有吉佐和子さんが出てきましたよね。
あんなこと、考えられなかったですよ。二十代の、あんな若い作家が、しかも初めて美人が作家になったの(笑)。・・私なんかは、戦争に行って後れて出てきたから、彼女たちより年は上でも、ずっとあとになってからです。・・・」(p71:鼎談「同時代を生きて 忘れえぬ人びと」岩波書店)
ほかならぬ、瀬戸内さんが語るから「美人」に説得力があるなあ(笑)。
(ちなみに、3つ目の提案だけを引用すると誤解しちゃいそうですが、
曽野さんの6つの提案は、世界視野でもって、しかも生活に根ざして魅力です)
読売新聞2006年12月27日の「編集手帳」は、
新聞連載していたドナルド・キーンさんの回想録が終了したのを取り上げて書かれており。印象深く読みました。ここでは、そのコラムの最後の箇所を引用してみます。
「年賀状を書きながら、その人と知り合った昔を顧みて、ふと筆の止まるときがある。袖すり合う縁がなかったら自分はいま、どこで何をしていただろう。歩むことのなかった『分去(わかさ)れの道』を旅するのも年の瀬である。」
そういえば、読売新聞2007年1月8日の読売歌壇。その岡野弘彦選の4番目に
六十年つづきし賀状絶えて二年なつかしき文字忘られず待つ 常総市 斎藤きぬえ
というのが目にとまりました。
岡野弘彦氏は東京新聞でも、選者をしておられるようで、12月24日の東京新聞の東京歌壇。岡野選の最初に、六十年という言葉がありました。
兵の日の長き七年に比ぶれば生還六十余年なんと短き 杉並区 堀内清三郎
ところで、年賀状へともどります。
産経新聞のコラム「正論」が新年5回の「年賀状」という特集をしておりました。
1月3日 佐伯啓思氏「団塊ジュニアへの年賀状」
1月4日 曽野綾子氏「子供たちへの年賀状」
1月5日 千 玄室氏「千利休への年賀状」
1月6日 田久保忠衛氏「安倍首相への年賀状」
1月7日 藤原正彦氏「若い君への年賀状」
私は曽野綾子さんの文が鮮やかな印象として残りました。
いつぞや曽野さんは「平易でない名文はない。難しい文章はつまり悪文なのである」と書いていたことがありました。その通りの平易な名文です。際立っておりました。
そこでは、6つの提案を子供たちにしている。
ここでは、曽野さんの始まりの言葉を引用してみます
(ついつい、全文引用したくなるのですが、ここではよしましょう)。
「ほんとうは私は一人の人のお名前を入れてお年賀状を書きたい。でもそれはできないことだから、皆さんあてにしますが、思いは一人一人にあてています。
昔からお正月には皆が、いろいろといい決心をするものでした。日記を書く、とか、お母さんのお手伝いをする、とか、私も子供の時は、いい決心をしたものだけれども、なかなか続かなかった。長続きしない人のことを三日坊主というのだけれど、お坊さまにお気の毒ですね。それでも、やはり今年やってみたらおもしろいと思うことをいくつか提案します。」
ここから、欲張って6つのお勧めをしております。「このうちいくつできるかなあ」という提案なのです。
余談になりますが、せっかくですから、ひとつぐらいはお勧めを引用しないとね。
では3つめの提案を引用してみます。
「毎日、少しずつでも本を読むこと。お猿と人間の違いを知ってる?お猿の方が木登りがうまいとか、ノミをうまく取るとかいろいろあるますけれど、大きな違いは、お猿は本を読まないけど、人間は本を読むということです。マンガだけではだめです。活字というものは人間の脳を発達させる大発明です。本を読めば必ず利口になります。利口になるとたぶん美人にもイケメンにもなるの。」
どうです、曽野さんが子供たちへ、このように提案しておられる。
ああそうだ、と私が思い出したのは、瀬戸内寂聴さんの言葉でした。
「・・『才女時代』で、曽野綾子さん、有吉佐和子さんが出てきましたよね。
あんなこと、考えられなかったですよ。二十代の、あんな若い作家が、しかも初めて美人が作家になったの(笑)。・・私なんかは、戦争に行って後れて出てきたから、彼女たちより年は上でも、ずっとあとになってからです。・・・」(p71:鼎談「同時代を生きて 忘れえぬ人びと」岩波書店)
ほかならぬ、瀬戸内さんが語るから「美人」に説得力があるなあ(笑)。
(ちなみに、3つ目の提案だけを引用すると誤解しちゃいそうですが、
曽野さんの6つの提案は、世界視野でもって、しかも生活に根ざして魅力です)