和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

山本善行。

2008-08-08 | Weblog
岡崎武志・山本善行著「新・文學入門」(工作舎)を読んで、興味をもったので山本善行著「古本泣き笑い日記」(青弓社)と山本善行著「関西赤貧古本道」(新潮新書)を買いました。

たとえば、「関西赤貧古本道」にこんな箇所がありました。

「私は学生のころ、谷沢永一の『紙つぶて』(昭和53年)に感服して、彼が教える大学の大学院を受けようと考えたが、調べてみるとそのときまで誰ひとり合格者がいなかったので、恐れをなして逃げたという経験がある。」(p145)

「・・何冊あってもいい、買っておく。開高健の『あかでみあめらんこりあ』はたしか四冊持っている。四冊並んだ書棚を見るとさすがに自分でも不可解だ。」(p46)とは「古本泣き笑い日記」に書き込まれております。

そういえば、関西では、古本屋が舞台になって人の交流が生まれるという構図があるのでしょうか。谷沢永一と山野博史もそうだしなあ。その谷沢氏が語ろうとしない。大阪の古本屋の気分というのが山本善行さんには、身近な雰囲気としてよく出ているのじゃないでしょうか。

「新・文學入門」で岡崎さんが
「東京に来て分かったけど、東京の読書人は基本的にほとんど関西の書き手に興味がない。地図の上では東京から新幹線で三時間のところにあるのに、気持ちとしては沖縄より遠い感じ。」(p267)とありますから、これからは大阪の古本屋の雰囲気を、山本・岡崎のお二人がぐっと身近なものにしてゆくのかもしれませんねえ。

京都の古本屋さんへの言及もありました。これも岡崎さん。
「そう言えば、京都の古本屋では、どこも詩集を大事に置いてたなあ。けっこうな値が付いてて、ちょっと無理して詩集を買ってジャズ喫茶で開く。これが何よりのぜいたくやった。」(p347)

東京の古本屋もよく知らない私には、まるで夢のような関西古本屋事情を聞いている気分で、そういえば、こういうのは谷沢氏の文では出せない味わいだなあと、何やら納得するのでした。
コメント
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