古書検索をしてたら、2008年12月号「彷書月刊」が見つかりました。
特集が「わたしの先生」。
そこに黒岩比佐子さんが2ページほど書いています。
届いたので、さっそく、そこだけ読みます。
題名は「十一年前の出会い」。
ジャーナリストの、むのたけじ(本名・武野武治)が紹介されておりました。
これ古本値500円でしたので、しっかりと引用しておきましょう。
ちょうど真ん中の箇所を引用。
「・・・実際にお話をうかがってみてさらに驚嘆した。むのさんはそのとき八十二歳、私は三十九歳。ところが、話しているうちに、年齢のことなど完全に忘れてしまっていた。なぜか、強く心に感じるものがあった。帰宅後、お礼の葉書を出すと、むのさんから返事をいただき、それからずっと文通が続くことになった。
いま思えば、それは運命的な出会いだった、といえるだろう。二十代後半からフリーランスのライターとして活躍していた私は、三十代後半になって、本当に書きたいものは何か、何を書くべきか、と暗中模索を続けていた。むのさんに出会ったのは、ちょうど私がある人物の評伝を書こうと決意して、出版できるあてもなく、取材を始めたときだったのだ。
手紙で相談すると、むのさんはそのたびに、長い人生経験から、直感から、日本の社会状況から、いろいろなアドバイスをしてくださった。便せん十数枚もの厚い手紙が届くこともあった。その重みがうれしかった。何をしてもうまくいかず、意気消沈しているようなときでさえ、それを読むと不思議に勇気がわいてきた。会社にも組織にも所属していないライターである私は、むのさんの手紙にどれほど励まされたことか。
それから現在までに、七冊の本を出すことができた。最初の著作も含めてそのうち三冊が評伝だが、人の見方やものの見方について、むのさんには多くのことを教えていただいた。秋田と東京に離れているため、お会いしたのは六回にすぎないが、むのさんによれば、私が書いた手紙は百通以上になるという。目が悪くなったため、むのさんからは電話が多くなったが、これまでに七十通近い手紙をいただいている。私の大事な宝物だ。
むのさんのメッセージのなかには、忘れられない強烈なものもある。たとえば、物書きとして忘れてはいけないことの一つに挙げた『死にもの狂いの努力と、その貫徹』。
なかなかその境地に達することはできないが、怠け心が出そうになると、私はこのフレーズをつぶやいて自分を戒めている。
そして、今年五十歳になった私に、九十三歳のむのさんが贈ってくださった言葉は『人生は六十歳から本番』。もう五十歳か、と落ち込みかけていたときに、まだこれから十年は勉強期間であり、六十歳でようやく本当の力を発揮できる、人生はそこからが本番だ、と言われてかなり気持ちが楽になった。・・・・」
黒岩比佐子さんが聞き書きをした、むのさんの新書が、そういえば読んでいない。
さっそく注文しなくちゃ。
特集が「わたしの先生」。
そこに黒岩比佐子さんが2ページほど書いています。
届いたので、さっそく、そこだけ読みます。
題名は「十一年前の出会い」。
ジャーナリストの、むのたけじ(本名・武野武治)が紹介されておりました。
これ古本値500円でしたので、しっかりと引用しておきましょう。
ちょうど真ん中の箇所を引用。
「・・・実際にお話をうかがってみてさらに驚嘆した。むのさんはそのとき八十二歳、私は三十九歳。ところが、話しているうちに、年齢のことなど完全に忘れてしまっていた。なぜか、強く心に感じるものがあった。帰宅後、お礼の葉書を出すと、むのさんから返事をいただき、それからずっと文通が続くことになった。
いま思えば、それは運命的な出会いだった、といえるだろう。二十代後半からフリーランスのライターとして活躍していた私は、三十代後半になって、本当に書きたいものは何か、何を書くべきか、と暗中模索を続けていた。むのさんに出会ったのは、ちょうど私がある人物の評伝を書こうと決意して、出版できるあてもなく、取材を始めたときだったのだ。
手紙で相談すると、むのさんはそのたびに、長い人生経験から、直感から、日本の社会状況から、いろいろなアドバイスをしてくださった。便せん十数枚もの厚い手紙が届くこともあった。その重みがうれしかった。何をしてもうまくいかず、意気消沈しているようなときでさえ、それを読むと不思議に勇気がわいてきた。会社にも組織にも所属していないライターである私は、むのさんの手紙にどれほど励まされたことか。
それから現在までに、七冊の本を出すことができた。最初の著作も含めてそのうち三冊が評伝だが、人の見方やものの見方について、むのさんには多くのことを教えていただいた。秋田と東京に離れているため、お会いしたのは六回にすぎないが、むのさんによれば、私が書いた手紙は百通以上になるという。目が悪くなったため、むのさんからは電話が多くなったが、これまでに七十通近い手紙をいただいている。私の大事な宝物だ。
むのさんのメッセージのなかには、忘れられない強烈なものもある。たとえば、物書きとして忘れてはいけないことの一つに挙げた『死にもの狂いの努力と、その貫徹』。
なかなかその境地に達することはできないが、怠け心が出そうになると、私はこのフレーズをつぶやいて自分を戒めている。
そして、今年五十歳になった私に、九十三歳のむのさんが贈ってくださった言葉は『人生は六十歳から本番』。もう五十歳か、と落ち込みかけていたときに、まだこれから十年は勉強期間であり、六十歳でようやく本当の力を発揮できる、人生はそこからが本番だ、と言われてかなり気持ちが楽になった。・・・・」
黒岩比佐子さんが聞き書きをした、むのさんの新書が、そういえば読んでいない。
さっそく注文しなくちゃ。