鶴見俊輔著「文章心得帖」に
「これは文間文法の問題です」と語られている箇所があり、
印象に残っております。
「一つの文と文との間は、気にすればいくらでも文章を押し込めるものなのです。だから、Aという文章とBという文章の間に、いくつも文章を押し込めていくと、書けなくなってしまう。とまってしまって、完結できなくなる。そこで一挙に飛ばなくてはならない。」
「一つの文と文との間をどういうふうにして飛ぶか、その筆勢は教えにくいもので、会得するほかはない。その人のもっている特色です。この文間文法の技巧は、ぜひおぼえてほしい。」
うん。ひさしぶりに、
鶴見俊輔の、この箇所を思い出したのは、
ほかでもない、鶴見太郎著「座談の思想」(新潮選書)の
桑原武夫氏をとりあげている箇所を読んでいる時でした。
鶴見太郎氏は、そこでこう指摘しておりました。
「座談会に限らず、話し手によって
微に入り際を穿つような説明が続くと、
却って周囲が話に加わることがはばかられる
という空気を生みやすい。
それよりも、話し手が自分の言わんとする
対象をほぼ把握しているけれども、
まだはっきりとそこまでには到っていない、
という意思を示し、
話の中に余白のようなものを作る方が、
はるかに読む者、聞く者の側の想像力を刺激する。
しかも、その余白をめぐる描写が
桑原という稀有の表現者によってなされていることが、
なおさら聞き手の想像力をかきたてていき、
その余白に向かって周囲の発言が
自然に生まれていく。・・・」(p165~166)
さてっと、
とりあえず、鶴見太郎著「座談の思想」を
読み終る。
「謦咳に接する」。
そんな機微に触れたような読後感。
うん。新春に読めてよかった一冊。
「これは文間文法の問題です」と語られている箇所があり、
印象に残っております。
「一つの文と文との間は、気にすればいくらでも文章を押し込めるものなのです。だから、Aという文章とBという文章の間に、いくつも文章を押し込めていくと、書けなくなってしまう。とまってしまって、完結できなくなる。そこで一挙に飛ばなくてはならない。」
「一つの文と文との間をどういうふうにして飛ぶか、その筆勢は教えにくいもので、会得するほかはない。その人のもっている特色です。この文間文法の技巧は、ぜひおぼえてほしい。」
うん。ひさしぶりに、
鶴見俊輔の、この箇所を思い出したのは、
ほかでもない、鶴見太郎著「座談の思想」(新潮選書)の
桑原武夫氏をとりあげている箇所を読んでいる時でした。
鶴見太郎氏は、そこでこう指摘しておりました。
「座談会に限らず、話し手によって
微に入り際を穿つような説明が続くと、
却って周囲が話に加わることがはばかられる
という空気を生みやすい。
それよりも、話し手が自分の言わんとする
対象をほぼ把握しているけれども、
まだはっきりとそこまでには到っていない、
という意思を示し、
話の中に余白のようなものを作る方が、
はるかに読む者、聞く者の側の想像力を刺激する。
しかも、その余白をめぐる描写が
桑原という稀有の表現者によってなされていることが、
なおさら聞き手の想像力をかきたてていき、
その余白に向かって周囲の発言が
自然に生まれていく。・・・」(p165~166)
さてっと、
とりあえず、鶴見太郎著「座談の思想」を
読み終る。
「謦咳に接する」。
そんな機微に触れたような読後感。
うん。新春に読めてよかった一冊。