和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

細川護貞(もりさだ)氏。

2014-01-24 | 短文紹介
今日、「WILL」3月号届く。
読むと元気がでる(笑)。

その蒟蒻問答で
久保紘之氏がこう語っておりました。

「細川政権が誕生する一年ほど前、
父親の護貞が護熙をこう評したことがありました。
『彼は新聞の見出し的だと申しましょうか、
表面だけを見て、あとは感性で判断する
傾向が強い・・・・』
まさに言い得て妙。
おもしろいことに、護貞は息子のことを
『彼』と三人称で呼んでいた。
さすが、あの昭和の動乱期を
近衛文麿の秘書官として補佐しただけあって、
親子の情愛などに左右されない。
客観的な観察眼を感じさせる。
事実、そうでなければ
『情報天皇に達せず――細川日記』
(上下、磯部書房)のような
冷徹な事実描写、人物評は書けないと思う。
・・・・
堤さんのいまのお話を聞いて
『やはりなぁ』と思いました。
つまり、奴の政治家人生は常に
『見出し』だけで、
中身が空っぽなんです。・・」(p269)


そういえば、と
司馬遼太郎著「春灯雑記」をひらく、
そこに、「護貞氏の話」というのが
あります。そのはじまりは

「細川護貞氏には、どこか凄気(せいき)がある。
凄気というと、辞書をひけば、『物すさまじい気』
とあって、ことごとしすぎて気がひけるが、
護貞氏の印象は隻語でいえばそれしかない。」

うん。
「凄気」の人と、
「新聞の見出し的」人。
コメント
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