和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

神輿渡御の夜。

2016-07-18 | 地域
今年の地区の神輿は7月16日でした。
その日の午前中は、神輿の組み立て。
午後に神輿の渡御。
ちなみに、私は交通当番(笑)。

はーい。トラックが後ろから来るよ。
なんて声をかけながら神輿の脇におりました。

夜になって神社にもどり、
午前中は神主が御魂を神輿に収め。
夜になって、神輿が神社にもどると
神主が御魂をもどしました。

午前中は大人だけだったのですが、
夜は、子供もいて、
神社の境内もにぎやかでした。

神社の中で、総代やら神主が
行事をおこなっている間、
境内では、がやがやとにぎやかで
神社内の行事が終わるのを皆で待ちます。

そういえば、と
今年思い浮かんだのは、
宮本常一著「絵巻物に見る日本庶民生活誌」
の一節でした。

帰ってから、その箇所を読み直しました(笑)。

では、引用。

「民衆を点景として描いた絵巻物には
共通してその明るさと天衣無縫さが見られる。
民衆は公家社会の秩序の外にあるものであり、
度はずれた無法でないかぎり、そして
公家社会の秩序を乱しさえしなければ、
どこで何をしてもよかったのである。
『年中行事絵巻』を見ると、宮廷の行事の
行なわれているとき、民衆は庭前や軒下にたむろし、
時には焚火して話しあっている。
門を守る衛士たちも、そうした民衆が宮廷の城内に
はいることをとがめだてはしなかったようである。」(p8)

そういえば、神輿をかつぐ若い衆は
休憩場所の駐車場などでは、
すぐに、コンクリ―の地面にあぐらをかいておりました。

「・・・・
土下座というと、きわめてみじめな姿を想像するけれど、
どこにでも坐るということは、それほど生活が自由闊達で
あったといってよかったかと思う。
身分の高い公家でないかぎり、
地下人といわれる者はほとんど大地の上に坐り、
また腰をおろしている。
京都付近は土質が砂壌土で、土の上に坐っても
着物がそれほどよごれなかったためかもしれないが、
大地にあぐらをかいてこそ人びとは
ある安心感を持つことができたのではなかろうか。
そのような姿勢は伝統として京都地方には長く残っていた。
今日、三条のあたりから加茂川に沿うて上流へ歩いてみると、
ベンチがほとんどおいてなく、人びとはみな草のあるところに
坐って休んでいる。地面に坐ると空缶などもそこに
捨てていくことは少なくて、
下加茂のあたりの河原を歩いても清潔感があふれている。
土下座をあたりまえと思う世界にはそれなりのマナーが
あったのである。・・・」(p9)

次の日の17日には、夕方隣の地区の山車が廻ってきました。
コメント
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