『ウソツキクラブ短信』(講談社・1995年)の著者は、
河合隼雄+大牟田雄三(おおむだゆうぞう)とあります。
序「いま、なぜウソが大切か」の、はじまりは
「本書の著者、大牟田雄三君とは本文にもあるとおり、
生れて以来の無二の親友である。しかも、容姿が
いわゆる瓜二つというわけで、よく間違われた。
われわれも面白半分に二人で役割を交換し、
同級生や親兄弟までも欺いたりして楽しんでいるうちに、
本人たちでさえどちらがどちらなのか不明になることさえあった。
ただ、生来の性格で言えば、私はキマジメというか、ウソはおろか
冗談ひとつも言えぬ人間で、万事控え目で無口な方であったが、
大牟田君は、これとはまったく対照的で、子どものときから饒舌で、
虚実の世界を自由に駆けめぐる才能があった。・・・・・」(p1)
はい。長谷川町子さんなら、「サザエさん」と「意地悪婆さん」
との使い分けという感じで、あてはめてもよいのでしょうか。
ちなみに、河合隼雄氏は7人兄弟(一人は夭折)だったそうで、
兄弟やりとりの延長で自然に大牟田雄三君が登場していたのかも。
うん。そういえば、赤塚不二夫著「おそ松くん」は六つ子でした。
本文はといえば、絵のでてこない癖して、面白漫画みたいに楽しかった。
あまり気楽にサラサラと目で追って、私はそのままになっておりました。
どういうわけか、今回思い浮かんできたのが、この本です(笑)。
序の最後の方の言葉が、本の帯に引用されておりました。
そこも引用。
「総じてマジメ好きの大日本国において、
こんな本がほんとうに売れるのか心配である。
もし売れ行きがよかったら・・・・
成熟した知恵を日本人が身につけて
いることの証拠として喜びだい。」
( 現在ネット上で、高橋洋一氏のさざ波・ワラワラ問題で
ご本人が、丁寧に、繰り返し解説をされております。
それが有難く、それを私も、その都度繰り返し聞いています。 )
さてっと、この本の
装幀・装画は、安野光雅。
挿画は、大田垣晴子。
絵のない漫画のような、そんな本なので、
装幀・装画・挿画はとても滋味な味わい。
本文を引用しているとキリがないで、
またもや、最後を少し長く引用してみることに。
「『ウソツキ』の種もだいぶ尽きてきたので、
そろそろ日本ウソツキクラブ会長を定年退任する
との噂のある河合隼雄氏に、『あなたが子どもだったころ』
について語ってもらうことにした。・・・・・
大牟田】 今日はどうもご苦労さまです。
会長には、いろいろとユニークな方と対談された
『あなたが子どもだったころ』というおもしろい本がありますが、
今日はご自身のことについて縦横に語ってください。
・・・・・・
男兄弟六人とのことですが。
河合】 はい、私は五番目で『ゴナン』なのです(笑)。
他の兄弟はスポーツが得意でね。
私だけ運動神経が鈍くて、劣等感に悩みました。
三番目の兄、雅雄は走るのがすごく速く、運動会の花形でした。
・・・・・・
大牟田】雅雄さんというのは、あの猿学の研究者ですね。
河合】そうです。走るのが速いのでアフリカでゴリラに
追いかけられたときなど得をしたらしい。・・・・・
(p229~230)
うん。ついつい引用しちゃいます。
ここで、肝心なこの本のしめくくりを引用。
河合】 ・・・・それにしても、きみもよく、
これだけナンセンスなことを書き続けてこられたね。
大牟田】いや、最初のころはすらすらと自然に出てきたのが、
最近は筆が鈍ってきてね。
河合】 老化現象?
大牟田】 いや、そうではなくて、このごろの世の中は、
『悪質なウソ』がはやりすぎるのでね。
河合】 ウソにも良質とか悪質とかあるの。
大牟田】最近の新聞の一面を見るとよくわかるだろう。
自分の利益をはかるためにウソをつく。
わが日本ウソツキクラブはユーモアのあるウソを大切にしているのだが、
そんなことのわからない人たちが――あのマジメクラブの連中なんだが――
『ウソはいけない』というキャンペーンを張って、まず第一に、
『ウソツキクラブ短信をボイコットせよ』などとわめいているのだ。
自分のためにするウソツキと、マジメ人間とにこの世の人は
分かれてしまって、俺などはこの世にいないほうがいい、
という感じになってくる。
河合】 今の世の中、間違っている、と大声で言いたくなるのは、
そもそも老化の徴候だよ。『この世にいないほうがいい』などと
張り切らなくとも、そのうちに自然にこの世にいなくなれるから
心配いらないよ。
大牟田】そういえばそうだな。
なにもやたらに慨嘆することもないわけだ。
終わりが少しおかしくなったが、今回は珍しく二人で
マジメに話しあいをしたね。・・・どうもありがとう。
河合】私も、自分の個人的なことを言うのは好きでないのに、
ウソツキクラブということで、なんだか思わずしゃべってしまったね。
それじゃお元気で。