年賀ハガキをどうしようか?
ここ数年、最近はちっとも書いておりません。
それでも頂けば、返事がてら書きなぐりを投函。
さて、庄野潤三の著作を数冊読んだだけなのですが、
読み継ぐことは、そっちのけで、あれこれ思います。
たとえば、手紙をテーマに、庄野作品を展望する。
あれこれと、読み齧りの思いつきはひろがります。
ということで、庄野潤三著「文学交友録」(新潮文庫)から、
坂西志保さんの箇所を引用したくなりました。
「『 庄野さん、アメリカで一年暮してみるお気持ちはありませんか 』
といきなり訊かれた。それが始まりであった。・・・・ 」(p328)
吉行淳之介の箇所では、庄野氏ご自身をこう紹介しております。
「 いったい何をしゃべったのだろう。口の重い、
社交性の乏しい私が、何をしゃべったのだろう。 」(p268)
これもあったからでしょうか。坂西志保さんは
アメリカへ出発する際に、ある注意をされておりました。
はい。そこを最後に引用することに。
「 ・・・アメリカで次の二つのことを守って下さいと
坂西さんがいわれた。
一つは約束の時間に決して遅れないこと。
もう一つは、食事やお茶に招かれたとき、
必ずサンキュー・レターを出すこと。
短くてもいいから、すぐにお礼のことばを書いて
出して下さいといわれた。
坂西さんに教わった二つのことを
私たちはアメリカ滞在中、守ったばかりでなく、
帰国後もずっと実行した。
また、子供らに、人に何かしてもらったときは、
必ずお礼状を書くようにと教えた。
三人の子供はみな結婚して家を離れたが、
今でもこのお礼状をすぐに出すという習慣は
身についているようだ。坂西さんに感謝したい。 」(p334~335)
お礼状とか、感謝とか、言い忘れたことを年賀状にしたためる。
そんな習慣が、いままで身近にありました。ここを読みながら、
ここらで私は、サンキュー・レターへと切り替え時だと思うわけです。
ということで、またしても12月は、年賀状を書かないだろうなあ(笑)。