和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

議事録なし「井戸端会議」。

2012-04-30 | 短文紹介
読売新聞の「地球を読む」(2012年4月30日)に御厨貴氏が「公文書管理」というテーマで書いておりました。「記録残さぬ風土 戦後から」とあります。

興味深いので引用。
「公的な会議体の議事録や記録をどうやったらちゃんと残せるのか。」と言うのがはじまりでした。つぎに「3・11を契機に作られた多くの新設の公的な会議体におけるその点の甘い管理が、今問題になっている。」

明治はどうだったか。

「明治10年代から20年代にかけてこの国のインフラストラクチャーの根幹を決定した、首都東京の改造計画については、驚くほど公的会議体の議事録がきちんと管理保存されている。」

戦前はどうだったか。

「『戦前の内務省は地方出張をしたら詳細な記録を残すことになっていたのですよ』と、国土庁次官を務めた・・下河辺淳さんから聞いたことがある。」

御厨貴さんの認識は、どうだったか。

「内閣官房における臨時組織の記録は、絶対に消えてなくなるという共通了解が、私たちの間にはあった・・」

そして、終戦後の敗戦国で「大量の公文書を焼却した」ことから以降の、戦後に触れて。

「今日の3・11の議事録・記録問題を、短視眼的に捉えてはならない。たまたま発覚したこの事実の根は、とても深いのだ。」

こうして、御厨氏は
大切な指針を示すのでした。

「後世に残すためのアーカイブ化と言うと、ずっと後の歴史家のために、なぜ今の決裁に忙しい我々がという官庁諸氏の不平不満が聞こえてくる。そうではないのだ。今の決裁や決定を明快に行うためにも、記録や議事録という同時併行的によりそうブツの存在が必要なのだ。そう、今やっている自分を、もう一人の自分がじっと眺めているとでも言おうか。そしてそうした記録や議事録は、そう遠くない将来、同様のコトがおきた場合、まさにすぐさま応用が利く成果をもたらすはずだ。」

さりげなく、具体的な言葉の指摘も挿入します。

「日米関係を調査研究するとなると、今でもまずはアメリカに飛ぶことになろう。外交文書を含め公文書へのアクセスが早くできるし、最新のモノまで入手できる。日本はここでもたつく。もたもたしているうちに、『日本はアメリカに2度負けるのだよ。現実の交渉で、そして2度目は歴史の検証で』と・・・宣(のたも)うたある高官の姿を、今も忘れることができない。」

うん。ほとんど引用してしまう(笑)。
でも、大切なツボをおさえられたような心地よさがあり、
これは何を置いても、話題にすべきと愚考するわけです。
御厨さんの文の最後は、こうでした。

「公文書を残し、アーカイブ化していくことが、政治と行政、各省庁間、官と民とを、いずれは太く強く『つなぐ』結節点になる。この国の文化変容をも迫る時間をかけた取り組みを、今こそ我々は粛々と進めていかねばなるまい。」

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