和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

柳田国男と清談文学。

2022-03-25 | 柳田国男を読む
桑原武夫氏は83歳(1988年4月)で亡くなります。
78~79歳の頃に『柳田さんと私』という話をしております。
そこに
『私はきのうも「木綿以前の事」を読み返して
 いろいろ感動するところがあったのです・・・』

とある。それじゃあと『木綿以前の事』をひらくと
そこでは、柳田さんが、こう書いている。

「七部集は三十何年来の私の愛読書であります。」(自序)

「この議論をあまり詳しくすると、退屈せられる人があっても困るから、
 方面を転じて少しく実例をもって説明する。
 七部集は私がことに愛読しているので、この中からは例が引きやすい。」
                  ( 生活の俳諧 )

はい。桑原武夫の『いろいろ感動する』と
柳田國男の『私の愛読書』と、これだけあれば、私は満腹。
その都度、「木綿以前の事」と「七部集」とを開くことに。


さて、『木綿以前の事』のなかの、「生活の俳諧」に、
年齢のことがでてきておりました。

「・・・この俳諧というものの入用な時勢、境涯年齢のあることである。
 諸君も多分年を取るにつれて、この説に同感せられることが多くなって
 来るだろう。

 歴史にいわゆる世捨人または隠者というものには、
 存外に人世に冷淡な者は少なかった。気分態度からいうと
 今日の浪人、ないしは不平家という者とやや似ている。

 正面から時代と闘うことはもちろん、大きな声では批評もできず、
 風刺も僅かに匿名の落首をもって我慢する人々、
 たいていは中途で挫折して、酒や放埓に身をほうらかす人々が、

 以前にはこんなおかしな片隅に入って、
 文芸によって静かに性情を養って、一生を送っていたのである。
   ・・・・・・・

 今とてもやや形をかえて、この種局外者の
 清談文学はなお要求せられている。

 それがもう元禄の俳諧のように、
 温雅にして同情に充ちたるものでなくなったことは、
 この日本のために一つの大きな不幸であるように私は考えている。」
 

はい。『木綿以前の事』という経験豊かな水先案内人を得て、
いざ。『七部集』をひらく。うん。なんだか道がひらけそう。

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