間もなく2010年も暮れゆこうとしています。
そうしたら、先程、もえじいさんが昔の、戦前の、仙台市の動物園の追憶の文章をお送り下さいました。先日の記事、年賀状を書きながら古里を懐かしく思う へのコメントです。
第二次大戦以前に、日本にも幸福な市民生活があったです。昭和18年、1943年、迄、まともな生活があったのです。今年最後の記事として、この楽しい追憶をお送りし、皆様の来る年の幸多かれとお祈り致します。(もえじいさんは私の中学校時代の友人です)
======もえじいさんからのコメント=========
私の名前(もえじい)が出ておりましたのでコメントを寄せない訳にはまいりません。文中にある「評定河原の動物園」の件は、半世紀以上前のことですが想い出しました。幼少の頃、父に連れられチンチン電車に乗ってその動物園に行きました。記憶にあるのは、なぜか何頭かの大きな白クマで、大好きでした。今は亡き父と楽しい一日を過ごしたものでした。しかし、その後戦争が厳しい状況になると、大きな動物は軍の命令で、みな殺されてしまったのです。上野動物園のゾウも同じ運命をたどり、戦後ドラマにもなりましたね。地方都市の動物園も皆悲しい処置を受けたのです!そして大空襲にあい、我家も焼夷弾の雨で焼け落ちました。燃え盛る火の中を子供の足でよく逃げられたと思います。今でも白クマが忘れられません。(終り)
下の写真は評定河原の一銭橋から広瀬川の上流方向を見た写真です。昔の仙台市立動物園は写真の右手の白いビルの向こう側に広がっていました。