明治、大正、昭和、戦後、そして現在と時が流れつつ、世相も大きく変化して来ました。思い返すと、この時代は日本にとって激動の時代でした。
人々の趣味に対する考え方も時代とともに大きく変化しました。戦前は富国強兵に忙しく、趣味を軽視する傾向がありました。
しかし現在の日本人は「趣味」を重要に考えています。人生を豊かな気分で過ごすためにもとても大切なものと考えている人が多いのです。
私は時々、趣味というものをいろいろな視点から分類して考えています。
分類の仕方の一つに、「西洋の趣味」と「日本の趣味」と分けて考える方法があります。勿論、西洋の趣味といえば、その一方は東洋の趣味になりますが、それでは問題が大き過ぎるので、今日は「日本の趣味」だけを考えて見ました。
日本の趣味といえば茶道、華道、書道、和歌、俳句、囲碁将棋、謡曲、日本舞踊、剣道、柔道、などなどいろいろあります。
ヨーロッパから輸入された趣味は、油絵、クラシック音楽、登山、スキー、テニスに野球、そしてヨットなどなと明治維新以来、多種多様のものが輸入されて来ました。
少し考えてみると、日本の趣味とヨーロッパの趣味には何か違いがあるようです。
私は50歳の時、ヨットという純粋にヨーロッパ的な趣味を始めて25年になります。体力の限界を感じて、この秋にはこの趣味を卒業しようと決断しました。断腸思いです。しかし大きな充実感を味わっています。
決断した後で、この25年のセイリングの趣味で得たもの、失ったものをいろいろ考えて反省しています。
得たものはヨーロッパ文化にたいする深い、深い感動です。
何故、感動したのでしょうか?
それはヨットこそヨーロッパ文化をギッチリと詰め込んだ構造になっているからです。ヨットの部品の工芸品としての見事さ。一つ一つの完璧な機能。そして全ての部品が必要不可欠に出来上がっているのです。
それは完璧な調和です。機能美の極致です。そして風を受けて走しるので自然になじんだ美しい形に出来あがっているのです。
部品一つ一つの設計が如何にもヨーロッパ的で、日本人の発想と非常に違います。
下に示した図面は、1989年にアメリカのエリー湖そばのサンダスキーという町でクルーザースクールへ通った時に使ったテキストのなかの図面です。
(出典はGary Jobson著AmericanSailing Association監修「SailingFundamentals」出版社Simon & Shuster Inc.1987年版です。)
ヨットの構造で一番重要なものは、船底から下へ固定されているぶ厚い鉄製のキールという重い部品です。これが付いているからこそ強風が帆に当たっても船が転覆しなのです。
この構造は日本の帆船、例えば北前船には無かったのです。江戸時代の帆船がしばしば遭難したのはキールが無かったからです。
もう一つの驚異的な構造は三角形の帆を揚げ降ろし出来るように設計されていることです。帆の形を三角形にすると船は風上にも登れる性能を持つのです。最も真っ直ぐ風に向かって走ることは出来ませんが、45度の方向へは登れるのです。
このキールと三角形の帆のお陰でスペインやポルトガルが大航海時代を築くことが出来たのです。当時の帆船は横型の帆を何枚も上げましたが、マストの後には必ず三角形の帆を何枚もつけていたのです。しかし、帆船の絵画ではよくこの三角形の帆は省略されて、描かれていません。
もう一つのヨットの構造の素晴らしさは一つ一つの部品の完璧な機能と形の美しさにあります。無駄の無いワイヤーの張り方、そしてワイヤーを固定する滑車やシャックルの巧妙な設計にはヨーロッパ人の知恵と職人わざが詰まっているのです。
ヨーロッパ文化というとイギリスの近代産業革命以後の事がよく強調されます。日本が富国強兵に忙しかったのですから近代の科学、技術が重要視されました。
しかしヨットを25年間趣味にしていたお陰で、私はヨーロッパの古い文化や歴史に興味を持つようになりました。それこそがヨットの趣味から得た最大のものと信じています。
それはそれとして、
今日も、ご縁があってこの拙文をお読み頂いた皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人