人間は老境になると自然に枯れてきて現世的な欲望が少なくなってきます。
そして「悟りの境地」がほんの少し見えてきます。少しでも見えると、それまでの考え方がガラリと変わります。
それまで自分の心を縛り付けていた出世欲も権力欲も名誉欲も、みんな馬鹿馬鹿しく思えるようになるのです。
自分の魂が現世欲から解き放たれて自由に青空を飛べるような気分になるのです。
これこそが老境の幸福です。
自分の体験を書いたのです。嘘いつわりはありません。
しかし四六時中、悟りの境地が見えるわけではないのです。いえ、見えない時間のほうが長いのです。その間は相変わらず、もろもろの欲望に心が捉われてこの世の泥のなかを這い回っています。人間の悲しみです。
しかし一回でも悟りの境地が見えた人は心の動きが大きく変わります。
自然の美しさがしみじみと深く味わえるようになるのです。有名な絶景でなくても、深く感動するのです。
例えば下の写真のように曲がった道の向こうに八ヶ岳が見える普通の風景に感動するのです。
何故感動したのか、その理由は言語では説明できません。
この辺一帯は石器時代、縄文時代にかけて多くの人が住んでいたところです。彼等もこの八ヶ岳の風景を見て何故か感動したに違いありません。
そうして下の写真のような小屋の前を流れる落ち葉に覆われた小川を見て理由もなく感動するのです。
いつ来ても心地良い音をたてて清い水が流れているのです。こんなにも小さな小川でも、時々はヤマメが登ってくるのです。
そして周囲の山林の中には鹿や猿や猪が棲んでいます。
小屋に泊まると夕暮れには窓の外に下の写真のような風景が見えます。
この風景を前にして、何故か夭折した詩人や作家のことを考えていました。
老境になるずっと前に才能がありながら亡くなってしまったのです。
石川啄木 歌人、詩人。「一握の砂」などで有名。結核により死去。26歳。
金子みすゞ 抒情詩人。1930年に服毒自殺。26歳。
北村透谷詩人、評論家。25歳で自殺。
小林多喜二 小説家。プロレタリア文学『蟹工船』で有名。特高の拷問により死去。29歳。
知里幸恵 作家。アイヌ出身のアイヌ神話集の著者として知られる。心臓病によって死去。19歳。
中原中也 詩人、歌人、翻訳家。結核性脳膜炎により死去。30歳。
樋口一葉 小説家、歌人。『たけくらべ』などで知られる。結核により病死。24歳。
八木重吉 詩人。『秋の瞳』、『貧しき信徒』で知られる。結核により病死。29歳
(上の一覧表の出典は、http://japan.wikia.com/wiki/%E5%A4%AD%E6%8A%98%E3%81%97%E3%81%9F%E8%91%97%E5%90%8D%E4%BA%BA%E4%B8%80%E8%A6%A7です。)
悟りの境地をかいま見る間もなく旅立ってしまったのです。悲しい死です。
上にあげた詩人や作家はみな優れた作品を残し、20歳台で亡くなったのです。あまりにも若い死でした。残念です。亡くなった本人も、残された父母や家族の悲しみを想像しただけでも胸に迫ります。
そしてそれに加えて先の大戦争では200万人、300万人という若い人々が戦陣に散ったのです。思い残す事がどんなに多かったのか。
このブログでも戦没画学生が残した絵画を数多く紹介してきました。 末尾にその一覧があります。それぞれの題目をクリックすると戦没画学生の絵画が出てきます。
悲運としか言いようがありません。不条理です。
老境にいたると全てが客観的に考えられるようになります。
それだけに夭折した詩人や作家、そして戦没した若い人々の悲しみを深く理解出来るようになります。
この世の無常が身に沁みます。悟りの境地とはその先のほうにほのかに見えるのです。
そして静かに、静かに日々が流れて行きます。これが私の老境なのです。
それはそれとして、
今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
戦没画学生の描いた街の風景を求めて銀座をさまよう