後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

昨日の富士山、南アルプス白鳳三山、鳳凰三山、甲斐駒岳、そして八ヶ岳

2014年01月08日 | 写真

甲府盆地はどちらを見ても山ばかりです。

東からぐるりと南、そして西、北西4を見渡すと、富士山、南アルプス主峰の白鳳三山、鳳凰三山、甲斐駒岳、そして八ヶ岳と雪を頂いた美しい山並みがパロラマの様に広がっています。

昨日撮った写真を下に示します。

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甲府盆地から見える富士山は逆光でうまく摂れません。上は大月の初狩から撮った順光の富士山です。

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上は南アルプスの主峰の白鳳三山です。左から農鳥岳、間ノ岳、北岳です。央高速道路の南に広がっています。

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上は南アルプス主峰の白鳳三山の前に連らなっている鳳凰三山です。左端が薬師岳、真ん中が観音岳、そして右端が地蔵岳です。

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上は甲府市の湯村温泉前の街路から見た甲斐駒岳です。左の信号の左側には鳳凰三山が連らなって見えます。

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小生の山林の中の小屋は甲斐駒岳の登山口に近い森の中にあります。その近辺まで来ると甲斐駒岳が上のように大きく見えます。

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上の写真が八ヶ岳です。甲斐駒岳のさらに北のあります。

上の写真の中腹には清里や野辺山の高原があり観光地になっています。キャベツやアスパラガスの高原野菜の産地です。

山々の写真をお楽しみ頂ければ嬉しく存じます。(終わり)


本当につまらない趣味・・・何故、40年も続けれられるのでしょうか?

2014年01月08日 | 日記・エッセイ・コラム

本当につまらない話です。お読みにならない方が良いです。

お読みになってから、本当につまらなかったと、怒らないで下さい。

山林の中の小さな小屋へ行って、ボンヤリして時間を過ごす趣味です。もう40年以上も相変わらず続けています。

つまらないから長続きするのかも知れません。

今回は珍しく面白い事が3つありました。

1、猿の大群が庭の木々に登って、遊んでいました。

猿は農作物を食べるので里では犬を使ったり、爆竹を鳴らして追いはらいます。しかし山林の中ではのんびり遊んでいます。

普通は雑木林の地面に群がって木の実を拾っていますが、今回は珍しく野生の猿らしく木の上に登って仲良く毛づくろいをしていました。

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落ち葉焚きをしていた家内が撮った写真です。木の上では一人で甲斐駒岳を眺めて、考えごとをしている猿もいます。

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そして子ザル達がキャーキャー騒ぎながら木の枝を飛び回っていました。

犬もいないし、爆竹も無い様子に安心したのか20mくらいの近さまでは来ます。しかし野生の猿ですから、ボス猿が我々を用心深く見張っています。

野生動物の緊張感がみなぎっていて、見ていると自分もこの森に住んでいる原始人になったような気分になります。

そして姿は見せず足跡だけが沢山ある鹿や猪のことなどを考えています。

2、薪ストーブの煙突が壊れていて寒い思いをしました。

小屋に着いたら、下の写真のように窓ガラスに水蒸気の結晶が美しく咲いています。

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さっそく薪ストーブを焚きました。ところが煙が部屋の中に充満します。

火を消して、煙突を調べたら、なんとすっかり腐ってしまっていて大きな穴が開いていたのです。20年以上使った普通鋼の薄板で作った煙突なので、煙に含まれている酸性化合物によって腐食され、ボロボロの状態でした。

その日は外の焚火と陽射しだけで、山林の厳寒を防ぎ、里に下りて、修理に必要なステンレス製の煙突2本と耐熱性ガラス布と耐熱アルミテープを買いました。

そしてその夜は甲府の湯村温泉に泊まりました。

次の日も晴れです。さっそく山の小屋に上がって行き、薪ストーブの壊れた煙突の部分をステンレス製の煙突と取り換えました。

これで煙突のすべてはステンレス製になったので、また30年位は大丈夫と思い、火を入れました。ところが煙突の継ぎ目から盛大に煙が漏れます。

また火を消して、購入した対熱ガラス布で巻き、その上から耐熱性アルミテープでしっかり止めました。さらにその上から針金で締め付けたのです。今度は本当に修理が完成です。下のように良く燃えました。

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煙突の偉大さがしみじみ身に沁みます。

煙突は日本に無かったものです。明治維新のおかげで輸入された道具です。もっとも秀吉が朝鮮から連れて来た陶工たちは焼き物の窯の煙道と煉瓦の煙突は使っていましたが、一般の家々では囲炉裏だけだったのです。

煙突の文化はユーラシア大陸の東端の朝鮮までは伝わりましたが、日本へは伝わって来なかったのです。

朝鮮や中国北部の農家の寝室の床に長い煙突を埋め込んで暖房していたのです。実際に見学してみると炊事用の中華鍋の下の煙を巧妙に使って、寝床の床の下に埋め込んだ煙突へ流しているのです。

聞くと、寝床の床に割れ目があると、一酸化炭素(COガス)が漏れて一家全員死んでしまうそうです。ですから寝室の床と煙道は細心の注意をもって特殊な粘土で作るそうです。

そのような煙突の使用技術は日本で一般的ではなかったのです。

燃え盛る薪ストーブを前にして煙突の歴史を考えていました。

3、家内が根気よく落ち葉焚きをしてくれました。

煙突修理は外壁に掛けたハシゴに登っての高所作業もあります。寒風の中、その辛い作業は家内がしてくれました。体が硬くなってしまった私には無理になったのです。

煙突修理が終わって、私も熊手で落ち葉を集め、焚火をしました。長年しているので家内も落ち葉焚きの名人です。マッチ一本と新聞紙一枚で火を起こし、燃えやすいものから順序よくくべて行きます。順序を間違えると火が消えます。

焚火にも技術が必要なのです。下に炉のなかの灰をスコップで掻き出している様子の写真を示します。なにせ周り中燃えやすい落ち葉なのですから、炉を深くして燃え移らないようにしなくてはなりません。

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焚火が燃え上がれば、あとは下の写真の様に悠々と火の番をします。時々周囲にバケツの水をかけて火の用心を怠りません。

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本当につまらない趣味だと思います。

下のように荒れた山林のなかの小屋を遠方から眺めて、よくも40年以上も続いているものだと自分ながらあきれていました。

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こうして老妻と一緒に過ごすのも良いものです。

時が静かに流れ、やがて春がめぐって来るのでしょう。

つまらない話して失礼しました。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)