後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

いつのまにか消えてしまった物(2)の訂正:鉱石ラジオはまだ生きていた!

2014年01月15日 | 日記・エッセイ・コラム

今朝、掲載しました「いつのまにか消えてしまった物(2)鉱石ラジオ、真空管ラジオ、蓄音機、レコードに電蓄などなど、」では鉱石ラジオが消えてしまったような表題でした。しかし丁寧に検索してみると現在でも鉱石ラジオを作る人がいて、その材料を売っているのです。

いろいろな情報がありますが、以下に面白い文章で鉱石ラジオの作り方を説明したものがありましたのでご紹介致します。

=====鉱石ラジオを楽しもう(http://happy.ymeco.com/ksr/)=====

昔々、まだICやトランジスターがなかった頃、ラジオ放送が始まりました。ラジオ放送を聴くためには真空管を使ったラジオがありましたが、とても高価でした。このラジオ放送を手軽に聞くために鉱石ラジオが使われました。
 この鉱石ラジオは電気や電池を使いません。完璧なエコラジオです。
ラジオ受信用のアンテナから拾った微弱な電波のエネルギーをそのまま利用してイヤホンを鳴らしてくれます。
 この鉱石ラジオの音は何とも言えない安らぎの音を出してくれます。
 今や時代遅れの鉱石ラジオですが、鉱石ラジオを作ったり、聞いたりして楽しみましょう 。

この鉱石ラジオのホームページでは、身近にある物を部品として利用して鉱石ラジオを作る楽しみを紹介します。
皆様からの投稿もお待ちしています。

日本のラジオ放送は1925年3月1日放送開始、「あーあー聞こえますか? 」日本放送史上初めて、肉声が電波にのった日です。 同7月12日より本放送を開始。

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鉱石ラジオとは

鉱石ラジオは次の部品の組み合わせで構成します。

アンテナとアース
2.同調回路
3.検波回路
4.レシーバー 
この部品の検波回路に鉱石を用いたものが鉱石ラジオです。
ラジオ放送の電波を受信する場合、電波から音声信号を取り出す(検波という)には、電流を一方向だけ流す整流作用を持つ鉱石に電気信号を通します。
整流作用を持つ鉱石には、方鉛鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、紅亜鉛鉱、閃亜鉛鉱等があります。
これらの鉱石の結晶の表面の適切な位置に細い金属線(「猫のひげ」と呼ばれています)を接触させると、整流作用を持つ性質があります。
鉱石へ接触させる金属線の接触位置によって整流作用の状態が大きく変わるため、微妙な調整が必要で、この場所を探し当てるのも楽しみの一つです。

このラジオの回路図は下に示してあります。

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======以下省略します=================

この鉱石ラジオの面白さの一つにアンテナを高く張って、空を飛んでいる電波をなるべく強くつかまえる作業があります。

高さ10m位の竿竹か木の棒を二本用意して庭の端から端へエナメル被覆をした銅線をなるべく長く、高く張ります。そしてその一端を室内に引き込み、上の図の同調回路のコイルの一端につなぐのです。

アンテナ銅線から、せっかくつかまえた電波が棒を伝わって地面に逃げないように両端の絶縁を完璧にします。白い碍子を両端につけると本物のアンテナの様に見えます。

アンテナを高く、長く張ると、夜には世界中の放送が聞こえます。

昔はよく「モスクワ放送」を夜に聞いたものです。電波はウラジオストックから発信されていたようです。現在はまさか「モスクワ放送」なんて消えて無くなってしまったと思います。

きっと高齢の男性の方々は同じような体験をしたと思い、付記致しました。(終わり)


いつのまにか消えてしまった物(2)鉱石ラジオ、真空管ラジオ、蓄音機、レコードに電蓄などなど、

2014年01月15日 | 日記・エッセイ・コラム

この連載の意図は昔と現在を対比して考えて頂き、現在の幸せを深く味わっていただくことにあります。この時代の日本に生きている幸せを感謝して頂きたいのです。

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いつのまにか消えてしまった物に鉱石ラジオ、真空管ラジオ、蓄音機、レコードに電蓄などなどがあります。

戦後間もなく私は鉱石ラジオを作りました。その後真空管を3本使った真空管ラジオを作りました。そして真空管アンプも組立て、電蓄も作りました。

大学を卒業して専門の仕事が忙しくなってから、それらのことは忘れていました。

それがいつの間にか鉱石ラジオ、真空管ラジオ、蓄音機、レコードに電蓄などなどがこの世から一切消えてしまったのです。

下に戦前、戦後にどの家にもあった真空管ラジオと真空管の写真を示します。

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(上と下の写真の出典は、http://www.ne.jp/asahi/uchio/tokyo/radiokobo/tube-radio/1/です。)

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(上の真空管の写真の出典は、http://www.radioshounen.com/upfile/vacuumtube/rimote/remote.htmです。)

このような懐かしい物はほとんど消えてしまいましたが、現在でも趣味として作って、楽しんでいる人々もいます。

手でハンドルを回し、ゼンマイを巻いてレコードを回転させる蓄音機も金持ちの家にはありました。そして電動式の蓄音機を電蓄と言ったのです。

黒いベークライト製の円盤に音楽の振動を刻み込んだ溝があり、その溝にピックアップの針をあてて振動をとらえ音楽に変えてラッパから出していたのです。

現在のCDデスクの元祖のようなものでした。

上の写真にあるラジオは戦中、戦後がどこの家にもあり重要な政府の発表はみんなこのラジオで聞いたのです。

真珠湾攻撃の大本営発表も、空襲警報も終戦の時の昭和天皇のお言葉もみなラジオに噛り付くようにして聞いたものです。

真空管が3本入っていて、一本は電波を音声に変える検波をする真空管で、二本目はその音声震動を拡大する増幅管です。三本目の真空管は交流電源を直流に変える整流管でした。

それに微弱な電波を増幅する真空管がついた4本の真空管を使ったラジオも戦後に並四という名前で流行したものです。

拡声器はマグネチック・スピーカーで丈夫なものでしたが音質が悪いのです。少し高級なラジオには音質の良いダイナミック・スピーカーが使われていました。

時代とともに大きな真空管は小さなミニチュア管に変わり、やがてIC(集積回路)がとって代わり、真空管が消えてしまったのです。

シリコン半導体で出来たIC(集積回路)は画期的で、それこそがパソコンを生んだのです。

このように現在のパソコンやインターネットへ続く技術的な歴史には実に数多くの技術者達の血のにじむような努力があったのです。

鉱石ラジオ、真空管ラジオ、蓄音機、レコードに電蓄などなどが消えたのは、それに代わり、より一層優れたものが出来たからだったのです。

このような人間の努力の歴史を技術史と言いますが、とかく忘れ去られ傾向があり、残念です。

それも人間の自然なのでしょうか。また輪廻という言葉を連想しています。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。  後藤和弘(藤山杜人)