Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

「私」による「公」の僭奪(2)

2022年09月29日 06時30分00秒 | Weblog
診療報酬めぐり「日医」と「財務省」攻防激化
 「厚生労働省が令和2年度の「医療経済実態調査」を公表したことで、医療機関がサービスの対価として受け取る診療報酬の4年度改定に向けた調整が本格化する。日本医師会(日医)は新型コロナ禍が医療体制に与えた影響を踏まえ、医師の収入に直結する「本体部分」のプラス改定を主張。これに対し高齢化を背景に医療費を抑制したい財務省は、マイナス改定を求めるなど攻防は激化している。

 樋口先生が指摘したように、日本に本当の「国家」は存在しない。
 ところが、「国庫」は存在しており、これが私的権力による「僭奪」の最大の対象となっている(オリンピック利権も、主なターゲットはやはり「国庫」だった。)。

憲法の土壌を培養する 蟻川 恒正 木庭 顕 樋口 陽一 編著
 木庭顕先生「すると、われわれは多元主義の問題に逢着する。コーポラティズムを含む多元主義はもとよりデモクラシーの病理である。林氏は、「利益」の語を取り去った上で相対的に多元主義を(国家が頼りにならないところでの)セカンドベストとするが、実際には「利益」の一文字は取り去りがたく(ルーマンのシステム文化は諸力諸利益の横紙破りに対する免疫システムを備えているように見えない)、デモクラシー到来によって実証主義的保障が機能的限定に置き換わったとは言っても、実際にはそうした「分化」は利益調整をするための制度変容にすぎないのではないか。・・・
 ・・・そこからの自己限定。オーケー!正当にも、国家は見限られている(林氏のテキストにおいて「国家」が実質行政もしくは官僚機構を指しているのに気付くが、普通「国家」はまず司法制度や立法府を指す)。オーケー!しかし、(国家がないから)仕方なく多元主義の海に乗り出す。調整する。まさに今これが暗礁に乗り上げているのではないか?デモクラシーとともに。
」(p212~213)

 「国家」の不存在(不成立)は、利益多元主義という「デモクラシーの病理」を生んだだけでなく、この「多元主義の海」における「調整」も暗礁に乗り上げている・・・このことは、冒頭の診療報酬改定問題をみるだけで一目瞭然である。
 日本の医療費に関する「調整」の問題は、例えばアメリカの状況(米国における医療保険制度の概要(2021年6月))と比べてみると分かりやすいかもしれない(但し、アメリカの場合、公的保険制度を極小化することによって、医療費の問題を「調整」の対象から実質的に外してしまったという見方が出来るだろう。)。
 我が国では、国民皆保険制度を採用しつつ、委任立法等のために立法府によるコントロールが事実上機能しない(機能させない)状況が続いてきた。
 そして、「国家」が存在しないという状況のもと、当事者(実は「公」を僭奪した私的集団)同士による”横紙破り”の応酬に近い状況が生じているのである。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「私」による「公」の僭奪(1) | トップ | 「私」による「公」の僭奪(3) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Weblog」カテゴリの最新記事