明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



私は元来宵っ張りなこともあり、子供の頃から母に無理矢理起こされ、なんとか学校に通った。こんなにつらいことが身体に良いはずがない。結局岐阜の山奥の製陶工場を辞して以来、ほぼ寝たい時間に寝て起きたい時間に起きている。毎日体調も違うし、なにより考えることが違う。昨日寝た時間に何か思いつけば頭が冴え、就寝時間は遅くなる。そういった己の事情に従うほうが身体に良いに決まっている。と思っていたが、先日美人によってたかって規則正しい生活を説かれた。しかしこればかりは無理である。それでも以来、三食食べることは続けている。一日三食を実現するためには、空腹でなくとも起きたらまず食べるしかない。 そんな、かつて銀行員の歌なんて聴いていられるか、などといっていた私にはまったく縁がない堅気用語“出向”というオチで終わった半沢直樹である。毎回逃さず観ていたわけではないが、昼間にダイジェストをやっていたこともあり最終回を観た。実際はサラリーマンがあんな気持ちを顔に出してやっていけるはずがないだろうが、特に悪役の大げさな演技が楽しみであった。香川照之の土下座などほとんど歌舞伎調で、猿翁の演技指導の賜物であろう。私もやってみたいくらいである。 子供の頃の、たとえば花登筐の商人モノなどは、悪人が改心して良い人に転じるところが楽しみで観ていたものであるが時代が違う。半沢の恨みがましい表情に少々食傷気味であったので、倍返しされるところさえ観れれば、それが半沢であっても私はかまわないのであった。

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