明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



寒山と拾得は、素人絵師の禅僧が描いたものから職業絵師まで様々生み出されて来たが、その中でも寒山拾得を特異な存在にしているのは中国の顔輝が由来(おそらく)の顔輝派と称され、いわゆる不気味な笑みを浮かべた寒山拾得を描いた連中である。顔輝作の蝦蟇鉄拐仙人も中国、日本の絵師に多くの追随者を生んだ。 代表的な絵師が天與清啓(てんよ せいけい)室町時代の禅僧。 建仁寺191世。 遣明使として二度渡明。 二度目は遣明正史として雪舟らを引き連れ明に渡った。)や狩野山雪で、これらがまた相当な不気味さである。曾我蕭白も含めても良いが、蕭白の場合は寒山拾得に限らず、すべからく気持ち悪いから、一緒くたには出来ないかもしれない。寒山拾得としては極一部で思いのほか少数である。しかしその笑みに惹かれながら、何派でもない私は、一味違う寒山拾得を作った。2人が寄り添い仲が良い様子も代表的なモチーフで、山雪、天與いずれも描いている。それ用のバストアップの寒山の身体を作る。

 



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