菅内閣が新たに抱える仙谷官房長官大臣規範抵触疑惑

2010-07-02 09:09:38 | Weblog

 6月30日公開の所得等報告書で判明したこととして、仙谷官房長官が行政刷新担当大臣就任の昨年9月以降も複数企業と顧問契約を交わし、顧問契約料を受け取っていたという。

 《仙谷氏、閣僚就任後も弁護士所得 規範抵触の可能性》asahi.com/2010年6月30日15時3分)

 仙谷官房長官は「弁護士業」として約80万7千円を昨年1年間の事業所得に計上。このことは閣僚の自由業への従事を原則禁止した「大臣規範」に抵触する可能性があるが、仙谷氏の事務所は「問題はない」としているという。

 その理由を仙谷氏側は、「実質的に法律事務所は開店休業状態で、事業所得は法律事務所の維持管理に必要な分だけ。在任中に弁護士業務はしていない」とした上で、「運用として認められている」と回答、大臣規範には抵触しないとの見解を示したとのこと。

 いわば、事務所が「開店休業状態」で、「弁護士業務」を行わず、事務所の「維持管理」に必要な支払いを受けているのみのケースの場合は「運用上」許されるということになる。

 記事は、〈顧問契約料を受け取っていた〉としているが、仙谷側の説明からすると、「在任中に弁護士業務はしていない」「法律事務所の維持管理に必要な分だけ」受け取っていたこととしている。いわば事業所得に顧問契約料は入っていないこととしている。

 在任中に弁護士業務はしていなくて、実質的に法律事務所は開店休業状態。顧問弁護士としての収入はゼロだった。ゼロでなければ、大臣業と同時に弁護士業を兼務していたことになって、閣僚の自由業への従事を原則禁止した「大臣規範」に抵触することになる。

 にも関わらず、法律事務所の維持管理に必要な分だけの収入が入ってくる。

 顧問契約会社にしても、「大臣規範」に抵触することになるから、顧問料を支払うことはできない。抵触以前の問題として弁護士の仕事をしていないのだから、顧問弁護士としての用を果たさない法律事務所に契約顧問料を支払う義務はなく、別に顧問弁護士を用意しなければならないはずだ。

 尤も付き合い上の義理で顧問契約を結んでいた可能性は否定できないが、それが複数企業に及んでいたとしたら、別の疑問が沸く。

 いずれにしても、法律事務所の維持管理に必要な分だけのカネを支払っていた。これも付き合い上の義理からだとしても、複数企業が義理に縛られていたことになる。

 日本人は義理人情に厚いからか。

 素人の素朴な疑問だが、普通は得た顧問料から人件費や、賃貸事務所なら、賃貸料等の事務所の維持管理費にまわすのだが、そういった形式を取らずに法律事務所の維持管理に必要な経費は、昨年1年間の事業所得は約80万7千円だということだから、ここに人件費は含まれていない可能性は高いが、顧問契約会社からの支払いとなっていた。

 だとすると、顧問契約会社は、ハイ、これは顧問弁護士料、これは事務所維持費と別立てで支払う契約となっていたことになる。事務所が開店休業状態となったために、顧問契約料を支払う必要はなくなったが、事務所維持費のみの支払い義務は継続することとなった。

 例えそれが義理からだとしても、どこかおかしくないだろうか。

 《【所得公開】仙谷官房長官に弁護士報酬 複数企業「大臣規範」抵触も》MSN産経/2010.6.30 12:59)になると、仙谷側の説明が少し違ってくる。

 仙谷側「実質的に開店休業状態だった。・・・顧問料は受け取ったが、実質的な労働はなく問題はなかった

 顧問契約は維持したままの状態にあり、顧問料として受け取っていたが、「実質的な労働はなく問題はなかった」と正当化している。

 この説明もおかしい。問題点を「実質的な労働」の有無に置いているからだ。

 法律事務所が開店状態だったとしても、弁護を依頼したり、法律相談する事案が生じない場合も顧問料を支払い続けるのだから、「実質的な労働」の有無は支払いの理由とはならないはずだ。

 支払いの理由は契約しているか契約していないかのみに従う。

 顧問料として受け取っている以上、顧問活動はしていたことになる。顧問契約会社から弁護を依頼されたが、顧問料を受け取っていながら、「現在仙谷は大臣業中であり、弁護士業を行った場合、『大臣規範』に抵触する恐れが生じるため、依頼に応ずることはできません」と応対することは可能だろうか。応対したなら、顧問契約会社からしたら、顧問料を支払う意味を失う。

 仙谷側は一旦、顧問料として受けとていたこととしながら、〈開店休業中であっても事務所の維持費がかかるため〉という理由で、上記「asahi.com」記事が触れていると同様の弁解を口にしている。

 仙谷側「顧問契約を結んでいた数社から必要最低限のものを支払ってもらった。内閣総務官室と相談し、問題ないとの回答を得ている」

 事務所の維持費がかかるため、「顧問契約を結んでいた数社から必要最低限のものを支払ってもらった」ということなら、相手は弁護士活動が開店休業中だということを承知していた上で、顧問料としてではなく、事務所の維持のために「必要最低限のものを支払って」いたことになる。

 これは政治団体事務所ではなくても、事務所費の肩代わりに当たらないだろうか。これが政治団体事務所の場合は政治資金規正法では寄付として記載するよう義務付けられているが、政治団体事務所ではなくても、顧問料ではなく、事務所の維持費としての費目であるなら、それが付き合い上の義理からであろうがなかろうが、寄付に当たるように思えるが、それを「事業所得」としている。

 記事も“政治とカネ”に詳しい岩井奉信(ともあき)日本大学法学部教授を登場させて、寄付説を打ち出している。

 岩井奉信日本大学法学部教授「弁護士業を行わないのに、企業から顧問料を受け取ったとの説明は極めて不可解で、事実上の寄付だった可能性がある。企業側がどんなサービスへの対価として、報酬を支払ったのかを明らかにする必要がある」

 記事は「大臣規範」について次のように解説している。

 〈平成13年に閣議決定された大臣規範では、閣僚らの在任期間中の「自由業」への従事を原則禁じている。内閣総務官室によると、弁護士業はこの「自由業」に該当し、やむを得ず従事する場合は首相の許可が必要とされるが、仙谷氏は許可を取っていなかった。〉――

 仙谷側は「内閣総務官室と相談し、問題ないとの回答を得ている」から、「許可を取っていなかった」としても、整合性ある措置とも言える。

 だが、この「許可を取っていなかった」が1日にして、「口頭で許可が出ていた」となる。

  《【社会部発】仙谷氏の弁護報酬問題 内閣官房の説明一転「口頭で許可、問題ない」》MSN産経/2010.7.1 14:35)
 
 〈30日の所得公開に伴う仙谷氏の記事をインターネットに掲載した数時間後、官邸サイドから非公式な形で電話連絡が入った。〉という。

 官邸サイド「何を持って『大臣規範』に抵触すると言っているのか」

 「大臣規範は法律ではない。(首相の)許可と言っても緩いものだ。もう少し慎重になったほうがいい」

 「内閣総務官室にきちんと取材はしたのか。いましてみろ。抵触だなんて言えなくなる」

 言葉の調子は記事からでは判定不能だが、文字面だけから見ると、穏便を装った暴力団の威し風の言い方に見えないことはない。

 〈大臣規範を所管する内閣総務官室への取材は当然に行っていた。〉、〈同室への確認事項は、仙谷氏が兼職に関する首相の許可を得ていたかどうかだった。〉と記事は自分たちがどう対応してきたかを書いている。

 と言うことなら、官邸サイド自体が内閣総務官室にどういう取材があったか予め問い質してから、そこに曲解・誤解の類を見い出した場合は、産経新聞社側に電話を入れて、その辺の指摘を行い、正すよう要求するのが順序であろう。

 それをいきなり、「内閣総務官室にきちんと取材はしたのか。いましてみろ。抵触だなんて言えなくなる」と要求する。

 〈首相の許可が出ていれば「問題なし」。出ていなければ、大臣規範に反する行為にあたることになる。〉という趣旨で産経新聞は内閣総務官室に取材を行い、その上で記事にした。

 どのような取材経緯があったかを書いている。

 〈内閣総務官室ではこれまで、首相の許可の有無を文書で管理してきた。それにより、許可の降りた経緯が文字通り「明文化」されるためだ。同室に確認してもらったところ、仙谷氏に関する書類は提出されておらず、「兼職は認められていない」(同室)と回答があった。仙谷氏側の説明もふまえ、最終的に「大臣規範に抵触の恐れあり」と記事化した。〉――

 要するに許可の有無を文書化することによって、それが正しい判断であったか、正しくない判断であったか、あるいは縁故や情実からの判断であったか否か等々の事後の裁定の機会提供を成す証拠・記録として残すことができる。

 職務を正しい判断の元、従事しているか否かの必要不可欠な証拠情報・記録情報として、「文書で管理」は重要な手続きとして位置づけられていた。

 産経新聞はそこに仙谷官房長官の昨年1年間計80万6746円の事業所得が大臣規範に触れているのかいないのかの判断を求めたが、書類は提出はなかったとの回答を得た。

 〈ところが官邸サイドからの連絡を受け、記事配信後に再度、内閣総務官室に確認すると状況は一変していた。〉――

 ジャジャジャ、ジャーン・・・・。

 内閣総務官室「官房長官室から連絡があり、総理と直接話して了解を取っているとのことです。条文には文書でなければいけないという決まりはなく、了承をもらったのがいつとは聞いていないが、了承を得たという以上は問題ない」

 〈なぜ最初の取材の際にそう答えなかったのかとの問いには答えず、官房長官室から連絡を受けた時期については「いつだったか…」と間を開けた上で、「記憶にない」と話した。〉――

 さらに続けて、次のように説明している。

 〈大臣規範が閣議決定された平成13年以降、自公政権時から続けてきた文書による管理だったが、「口頭による了承」が認められたのは仙谷氏が初めてのケースだったという。

 産経新聞側は、口頭での了承を初めて認めたことについて尋ねる。

 内閣総務官室「大臣が『話したんだからそれでいい』とおっしゃられるなかで、それでもなお紙で出してもらうことは事務方としては厳しいものがある」

 ここに上の指示に、それが正しいか否かの判断を排除して無条件に下が従う権威主義の人間関係を見ることができる。上の指示だからそうしたんだという、自身の判断を関与させる責任を省いた無責任な非主体性がある。
 
 だが、記事は、〈内閣総務官室は内閣官房長官の組織下にある。大臣への反論は立場上、難しいことは理解はできる。〉と、その権威主義性を擁護している。その無責任性に目をつぶっている。

 同じ権威主義性を体現しているからこそ、同情できるのだろう。

 その一方で、仙谷官房長官に対する平成13年以降初の快挙となる“口頭了承”の危険性をも指摘している。

 〈今回の「特例」をもって口頭による了承が一般化されれば、意思決定の経緯は“密室化”する。文書として存在しなければ、情報公開請求の対象にもならず、国民の監視の対象から外れることになり、「公職にある者の清廉さ」「国民の信頼」「政治的中立性」の確保を目的とした同規範の意義が瓦解する。

 そもそも「首相から口頭で了承を得た」という話は、それまでの仙谷事務所や官房長官室への取材でも一切触れられていなかった。

 内閣総務官室が記事配信後になぜ前言を翻したのか。疑問は募る一方だ。〉――

 “口頭了承”を得ていたが正しいということなら、弁護士と大臣の兼業は「大臣規範」の例外規定となり、許される。では、仙谷側が最初に言っていた「法律事務所は開店休業状態」だったとか、「在任中に弁護士業務はしていない」の口実はどこから出てきたものなのだろうか。

 「鳩山前首相から、“口頭了承”を受けています」の一言で済んだはずだ。「法律事務所の維持管理に必要な分だけ」の支払いだとまでしている。

 もしも「大臣規範」に抵触しないとしていた最初の理由が通用しない恐れが出たために首相の“口頭了承”にすり替えたのだとしたら、決して大袈裟ではなく、恐ろしい陰謀となる。どんな些細なゴマカシも不正もあってはならないからだ。ゴマカシ・不正の通用は責任を取らない姿勢によって生じる。

 例え責任を取ることになったとしても、自分から進んで取るのではなく、追及を受け、追いつめられて仕方がなく取るパターンが相場となっている。

 例えこのことで官房長官の職を棒に振ったとしても、不正・ゴマカシは小さくても、身分上、その責任は高くつく。

 摩り替え疑惑は具体的には次のように推理できる。

 先ず官房長官室から内閣総務官室に電話を入れたか、直接出向いてかして、「総理と直接話して“口頭了解”を取った形にしろ」と命じる。

 命じた上で官邸サイドは産経新聞に非公式な形で電話連絡を入れ、「内閣総務官室にきちんと取材はしたのか。いましてみろ。抵触だなんて言えなくなる」と、内閣総務官室への再度の取材を命じる。

 内閣総務官室には“口頭了解”の答を用意してある。その用意が産経やその他の新聞社が件の記事を配信したあとの最近のことだから、〈官房長官室から連絡を受けた時期については「いつだったか…」と間を開けた上で、「記憶にない」と話〉すしかなかった。

 確実に言えることは、参院選後の国会の場で仙谷官房長官と鳩山首相はこの件で追及を受けることになるだろう。

 「なぜ例外的に“口頭了承”としたのか」

 「“口頭了承”を受けていたなら、なぜ開店休業中だ、事務所維持費としての支払いしか受けていないと言ったのか」

 仙谷官房長官は、「事務所に“口頭了承”を受けていたことを知らせていなかった」とでも言うのだろうか。

 それがもしゴマカシ・不正の類となったなら、任命責任者の菅首相にも責任は及ぶ

 菅首相は6月11日の総理大臣所信表明演説で、「広く開かれた政党を介して、国民が積極的に参加し、国民の統治による国政を実現する」と言っている。内閣に少しでもゴマカシや不正があるようでは、その情報隠蔽に遮られて、「国民の積極的な政治参加」も、「国民の統治による国政の実現」も国民は拒絶されることになるだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする