場所前野球賭博で揺れた大相撲名古屋場所で横綱白鵬が年6場所制が始まった昭和33年以降初の3場所連続の全勝優勝、昭和以降では双葉山69、千代の富士53に次ぐ単独史上3位の連勝記録47の偉業を成し遂げた。
暴力団を胴元として多くの力士と数人の親方が関わって引き起こした野球賭博問題の反省表明として天皇賜杯のない、優勝旗を手渡すだけの僅か15分のみの表彰式という異例ずくめの名古屋場所を唯一盛り上げたのが白鵬の圧倒的強さで達成したこれらの大記録であった。
《白鵬全勝Vに安堵、無念の涙/名古屋場所》(日刊スポーツ/2010年7月26日9時46分)
優勝インタビュー。記事は、〈何度も声を詰まらせた。〉と書いている。
白鵬「一番うれしいのは…この会場。15日間応援してくれた名古屋のみなさんに感謝です。大変な場所で…心と体をひとつにして頑張ってきました」――
確かに初日から千秋楽までの15日間、「心と体をひとつにして」の、隙のない充実した取り口を見せ続けた。下手な相撲は取れないぞという気持があったに違いない。一番でも横綱として無様な負け方をしたなら、野球賭博問題で多くのファンに与えた失望を更に失望させるに違いないぞという思いもあっただろう。ここで横綱が優勝できなかったなら、何のための地位か分からなくなるぞ、大相撲でなくなるぞといった危機意識も働いたに違いない。
千秋楽から一夜明けた26日朝、名古屋市内のホテルで記者会見を行っている。《白鵬“大きな責任を感じる”》(NHK/10年7月26日 11時29分)
〈野球賭博問題のなか、異例の場所での優勝について〉次のように発言している。
白鵬「15日間経って、結果が出せたんで、ま、本当に、ホッとしたなあっていう、気持で一杯です。ま、正直、中途半端なね、あの、気持で、場所に臨んでいけないって思いましたし、千人近くの力士を引っ張っていけないって、いけないなと、いう、また改めて、その大きい責任を感じております。
日頃のね、相撲に対する、あのー、努力と、精神が、まあ、今日生きているんじゃないかと思いますし、一つ一つでもね、あの憧れの、双葉山にね、近づけるよう、努力します」(NHK動画から)
場所中、白鵬をして「心と体をひとつに」させたモチベーションは横綱としての責任感と努力の気持、精進の気持が背景にあり、それを抜きにあそこまで高めさせることはできなかったろうが、横綱としての責任感と努力の気持、精進の気持を直接的に凝縮、高揚せしめた直近の理由は何と言っても野球賭博問題であり、問題ないとされたものの、自身の花札賭博問題であり、この花札問題で相撲協会が用意した記者会見で謝罪したことの横綱としての体面であったろう。
このことを逆説するなら、もし野球賭博問題や自身の花札賭博問題が世間に洩れないまま普段どおりに名古屋場所に入っていたなら、連勝記録達成が勝負へのモチベーションとなったとしても、横綱としての責任感その他は他の場所と比較して格別のものはなく、却って今日連勝が途切れるのではないか、明日で終わるのではないかと1日1日を過ごしていく些細な不安がモチベーションを削ぐ働きをしない保証はなく、果して場所中見せた充実した取組みを続けることができただろうか。
言って見れば、野球賭博問題や自身の花札賭博が横綱としての責任感と努力の気持、精進の気持等々を尚一層のこと高めて、今までになく「心と体をひとつに」させた特別なモチベーションが成就させることとなった年6場所制が始まった昭和33年以降初の3場所連続の全勝優勝、昭和以降では単独史上3位の連勝記録47の偉業であったと言えるはずである。
いわば野球賭博問題、花札賭博問題がなかったら、成し遂げることはできなかった白鵬の偉業、モチベーションの高まりであった可能性は捨てきれない。
このような背景はさして問題にされることなく、記録だけが日本の国技、大相撲の伝統・文化・歴史の中に書き加えられていく。
今後とも、外国人力士、日本人力士を問わず、何か偉大な記録を成し遂げようとする場所に差し掛かったとき、記録達成へのモチベーションを高めて「心と体をひとつに」仕向ける契機として、野球賭博問題に優るともと劣らない事件発生を期待するのも一つの手かもしれない。
何しろ日本の伝統・文化・歴史、日本の国技に新たに書き加えることとなる一大記録達成の契機となるかもしれないのだから。