韓国哨戒艦撃沈事件を巡って協議を続けていた国連安全保障理事会で9日(日本時間同日深夜)、北朝鮮に対する議長声明が全会一致で採択された。
正当な理由なくして魚雷攻撃を行い、46人もの乗組員の生命を奪い、韓国の国家としての主権と尊厳を傷つけた外交上許されない国際事件でありながら、法的拘束力を持った安保理決議による北朝鮮制裁に持っていくことができずに、ワンランク下の「議長声明」での決着であったこと自体が既に解決の限界を示している。
「国連安保理議長声明案の要旨」を見てみる。
《韓国哨戒艦撃沈に関する国連安保理議長声明案の要旨》(「MSN産経」/2010.7.9 08:42 )
国連安全保障理事会が8日大筋合意した、韓国哨戒艦撃沈事件をめぐる議長声明案の要旨は次の通り。
1、安保理は、今年3月26日に発生し、韓国哨戒艦沈没につながった攻撃を非難する。
1、安保理は、問題の平和的な解決に向け、事件に責任を負う者に対する適切かつ平和的な対応を呼びかける。
1、北朝鮮が沈没に責任を負うと結論づけた韓国などによる合同調査団の調査結果を考慮し、安保理は深い懸念を表明する。
1、安保理は北朝鮮などからの、事件に無関係と主張する反応に留意する。
1、よって、安保理は哨戒艦沈没を引き起こした攻撃を非難する。
1、安保理は、韓国に対する、あるいは地域におけるさらなる緊張や攻撃を防ぐことの重要性を強調する。 (ニューヨーク 松尾理也)
「哨戒艦沈没を引き起こした攻撃」への非難は、「北朝鮮などからの、事件に無関係と主張する反応に留意」した非難であって、北朝鮮の仕業と分かっていても、中国にしても分かっていたことだったろう、その事実に反して証拠不十分とした処分であることを物語っている。
その結果、「事件に責任を負う者」と、それが誰か、如何なる国か誰もが分かっていながら、主語を直接的に名指しせずに、「適切かつ平和的な対応を呼びかける」とする当たり障りのない穏便で奇妙な責任追及となったのだろう。
この「適切かつ平和的な対応を呼びかける」は、果して46人もの生命(いのち)を不法に奪った国家犯罪に値する対応だろうか。
しかも、「北朝鮮が沈没に責任を負うと結論づけた韓国などによる合同調査団の調査結果を考慮し」ながら、単なる「考慮」にとどめ、そこに何ら制裁と言える制裁を加えることができずに、「安保理は深い懸念を表明する」と、制裁に代えて、「深い懸念」を以ってして締め括っている。
北朝鮮に関わる安保理の解決能力の限界だけが目に付く「議長声明」となっている。
だが、このことは最初から分かっていた結末であって、決して後退ではない。一人日本の菅首相にとっては後退に見える「議長声明」の結末であろう。いや、後退に見える結末でなければならない。
先月6月25日から開催のG8首脳会議(ムスコカ・サミット)は最終日の6月26日に韓国哨戒艦沈没事件を巡って北朝鮮非難を盛り込んだ首脳宣言を採択して閉幕した。
この首脳宣言採択は我が日本の菅首相がリードしたものだった。
《「北朝鮮非難」明記は成果=成長戦略にG8が理解―菅首相》(The Wall Street Journal/2010年 6月 27日 12:16)
6月27日午後(日本時間28日朝)のカナダ・トロント市での記者会見――
菅首相「わたしがリードスピーチを行い、非難すべきは非難するよう申し上げ、宣言に盛り込まれた」
菅外交の一大成果というわけである。就任早々だったから、G8に集まった世界の首脳をしてその外交能力に目を見張らせたに違いない。菅首相としてはG8首脳宣言で終わらせる意図を持たせた北朝鮮非難のG8首脳宣言採択ではなかった。先を睨んだ成算を胸に秘めていた。
《菅首相:「安保理に大きな影響」G8の北朝鮮非難で》(毎日jp/2010年6月28日 11時11分)
同じ6月27日午後(日本時間28日朝)のカナダ・トロント市での記者会見――
菅首相「国連安全保障理事会にも非常に大きな影響がある」
菅首相「G8の首脳からも、しっかり対応しようという話も出されている。国連でも議論しており、(宣言を)しっかり反映させるよう各国が努力しようとなった」――
記事は、菅首相の発言は、〈国連安保理での非難決議につながるとの認識を示した。〉という解説となっている。
この発言は、《G8北朝鮮非難宣言、安保理決議を後押し…菅首相》(YOMIURI ONLINE/2010年6月28日11時24分)では次のようになっている。
菅首相「G8の正式な宣言の中で、北朝鮮の行為を強く批判したことの意味は非常に大きい。今、進行している国連の議論にも何らかの形で反映されると思う」――
いわば、菅首相が「リードスピーチを行い、非難すべきは非難するよう申し上げ、宣言に盛り込まれた」北朝鮮非難の主脳宣言は非常に大きな意味を持つゆえに非常に大きな影響力を持って国連安保理の議論に反映させる意図を前以て持たせていたことになる。
少なくとも他の首脳はいざ知らず、我が日本の菅首相に限ってはG8首脳宣言が国連安保理の議論の行方に大きな影響力を与えると信じていた。
そして結果は既に触れたとおりとなった。菅首相にとっては後退に見えるかもしれないが、単に合理的認識能力に欠けるから、中国の対北朝鮮ガードを見誤ったに過ぎない。その強固さを見通すことができなかった。
6月29日の当ブログ《菅首相のカナダ・トロントG8存在感、自画自賛》で、次のように書いた。
〈韓国哨戒艇事件だけではなく、ミサイル発射、核実験に関しても、中国の対北朝鮮ガードを完全には突き崩せずにいる。それをG8で可能とできる前提の我が日本の菅首相の発言となっている。〉――
要するに独りよがりの認識しか示すことができなかった。“甘菅”に過ぎなかったということである。
こうも客観的認識能力に甘さがあるようでは政治的指導力にも関係していることで、このことも準備不足のままの消費税発言に影響したのだろうが、首相としてはさして期待できない資質に見えてくる。