安倍元首相が最近ちょくちょくテレビに顔を出すようになった。自民党内外で次期首相として安倍待望論が僅かながら渦巻いているかのように聞く。産経新聞とフジテレビ合同世論調査の「今の首相にふさわしい政治家」ではトップの岡田副総理10・4%に対して安倍晋三が5・2%の7位につけていることも待望論の一つの現われなのかもしれない。
自民党からはもう一人5・4%で石破茂が5位につけている。
この二人に対するこの評価は谷垣現自民党総裁の不人気の裏返し現象なのは間違いない。谷垣総裁は1・0%で順位外扱いとなっている。
安倍元首相は昨2月20日(2012年)の朝日テレビ「ビートたけしのTVタックル」にも出演していた。首相退陣の頃と比べて、晴々とした顔の表情を見せている。
田中防衛相の資質を取り上げ、お笑い混じりに批判するコーナーというわけではないだろうが、政治評論家だという屋山太郎がビデオ出演で田中防衛相をのっけから嘲笑の餌にした。
屋山太郎「役に立たないよ。立つわけないよ。あの、ボーッとしてさ。コンビニかなんかの買物がちょうどだよ。
野田さんの人を見る目がなさ過ぎるね。人事ってのは首相の専権事項だから、この人入れてくれと言われて、ポンスケをポコンとか入れるとかね、あれはまずいよね」
渡辺周防衛副大臣も出演していた。副大臣として大臣の答弁不足、知識不足のフォローに四苦八苦している様子について司会の阿川佐和子が尋ねた。
阿川佐和子司会「ホントにねー、ご心中お察し申し上げます。大変ですねえ」
渡辺副大臣「(屋山が)あんなふうに言われますけども、田中大臣って、本当に支えたくなる人なんですね。いや、あの、ホント。人柄もいいですしね。
もう本当に真面目で、ひたむき、一生懸命にやってて、何か周りが支えたくなる方(かた)なんです」
衆議員委員会の場面が映し出されて、秘書官だかが大臣席に座っている田中防衛相に背後から何かメモ用紙を渡す。その内容をフリップにして画面に示す。
「この薬は1日1回です。
また良くならない場合は別の薬もあるので相談してくださいとのことです。
昼食は何を注文しましょう。
1.サンドイッチ
2.おにぎり
3.カレー
4.定食
5.カツ丼
評論家の三宅久之が記者が詰めている2階席から性能のいい望遠レンズ付きのカメラで撮るから、小さな字でもバッチリと撮ってしまうと解説した。
渡辺副大臣「風邪をお引きになってから、委員会と医務室を行ったり来たりしていたから、体調のことでご相談になったんだと思います」
テレビに出演している間もフォローを続けなければならない。
安倍晋三「最初から渡辺さんが大臣になれば良かったんんですよ。渡辺さんとか長島(昭久)さんとかね。東(祥三)さんとか。立派な人たちは一杯いるんですよ。何で田中さんなんかなって思うんですよ。
あのー、防衛庁を防衛省に昇格させたんです。安倍内閣のときにね。まさに田中さんみたいな人が大臣にならないように(出演者が一斉に笑い声を立てる)、えー、防衛庁を防衛省に昇格させたんですね。
防衛大臣というのはですね、例えば、えー、自衛官は任命宣誓するんですね。『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える』と宣誓する。つまり、『命の危険を顧みずに国を守る』
いわば公務員として唯一、私は職務に命を賭けます、ということを誓うんですよ。その指示を出すのがね、防衛大臣ですよね。つまり、その人がシロウトだったらですね、これは死んでも死にきれないし、士気が低下しますよね」
国防の直接的な動機・目的が士気を左右するのであって、防衛大臣の資質が与える士気を上回るはずだし、上回らなければならない。戦場での直接の指揮官がシロウトでは困るが、文民上の指揮官がシロウトだから戦う気が出ないからと銃を放棄することが許されるわけではない。
防衛大臣のために戦うのではなく、国民の生命・財産を守ることを目的に戦うからだ。
またこういったこと以前に与野党共々政治が国民の負託に応えていないのに自衛官の「国民の負託に応える」云々を言っても始まらないはずだ。
安倍晋三は相変わらず認識能力を欠いたトンチンカンなことを言っている。
阿川佐和子司会「田中さんとはね、自民党でご一緒の時代がおありで、あの頃からあんな感じの方だったんですか」
安倍晋三「例えばですね、あの、自民党に防衛部会とか国分部会ありますよ。私、田中さん、1回も見たことがないです。1回も見たことありませんよ。
ですから、奥さんに対して防衛能力を・・・(笑い声で聞き取れない)
ないというのは政策的に最初から分かってるんだから、さっき言った人たちがね、ベストいるんだから――」
笑い声で聞き取れなかった箇所は、田中真紀子夫人の手厳しい小言に対しては隠忍自重の防衛能力の知識を磨いているが、日本の防衛能力に対する知識は全然ないとかの世間に流布している笑い話を披露したのかもしれない。
安倍内閣のときに田中さんみたいな人が大臣にならないように防衛庁を防衛省に昇格させたと言っている。だが、防衛大臣人事だけの問題ではあるまい。
大体が派閥人事、参院枠人事、女性枠人事、順送り人事、論功行賞人事、年功序列人事等々、各利害に基づいて政治能力とは無関係に多岐に亘る人事を決めてきたのが自民党という組織であり、そのような人事を自民党の伝統として、文化として、歴史として戦後延々と引き継いできた前科を省みた場合、民主党の大臣人事を嘲笑の対象とする資格はあるまい。
自民党の場合、大臣人事だけではない。肝心の総理大臣人事にしても、森喜朗第85代内閣総理大臣は自民党の5人組によって密室で決められているし、15代遡る鈴木善幸第70代 内閣総理大臣の場合は総理としての資質そのものが問われた。
安倍晋三の言葉を借りるなら、「自民党は鈴木善幸さんみたいな人が総理大臣にならないようにはなっていなかった」ということになる。
オランダ出身のジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレン氏がその著書『日本/権力構造の謎』(上)で鈴木善行首相について、既に多くが引用していて周知の事実となっていることだが、次のように書いていることを改めて取り上げてみる。
(p260)〈自民党内の争い、官僚と族議員
・・・・・
指導者不在の好例
鈴木善幸は、戦後の日本の中でも前例がないほど、決定回避という日本的な技量に磨きのかかった人物だった。田中が首相だった当時、鈴木は透明人間に近い目につかない存在だったのだが、自民党の幹部間の秩序を保つのに一役果たしたので、田中は彼を首相に選んだ。党内の秩序を保つには派閥間および派閥内部の力関係の変化をきわめて敏感にとらえ、間に入って巧妙にとりなす技量が必要となる。日本の評論家が一致して見るとおり、鈴木はこの技量にたしかに長けていたのだが、それに反比例して、彼には物事を決定するという人間的な衝動に欠けていた。彼の徹底した政治的な受身の姿勢も、記録破りだった。〉――
(p261)〈鈴木首相につけられたあだ名の一つに「テープレコーダー」というのがある。どうしても出席しなければならない会合があると、それに先立ち、用意した答を間違いなく言えるよう、官僚の指導のもとに丸暗記したからだ。そのうちに、訪日する外国の高官や報道関係者に鈴木をできるだけ合わせないように官僚は工夫をこらすようになった。鈴木の欧州訪問に際しては、誤解を減らすことが目的であると発表した以上、欧州の特派員との記者会見に出席せざるをえなかった。その記者会見の三週間以前に、筆者のもとに外務省から電話が入り、鈴木首相に質問したいか、その場合何を聞きたいかとたずねられた。しばらく後、「混乱を避けるため」あるジャーナリストの質問に首相が答えたすぐ後に著者が質問するよう指示された。ところが、その後さらに、記者会見までに二度、質問者として選ばれた七人の特派員の質問順変更の通知が来た。記者会見当日、鈴木はゆったりと腰掛け、なかば目を閉じたまま丸暗記した答を暗唱したのだが、中に意地悪く質問を変えた特派員には、とんちんかんな答が返ってきた。
“記者会見”のやま場は、最後の場面だった。ドイツ人の記者がごくていねいな言葉づかいで、首相にこうたずねると場内に静かな賛同のどよめきが起こった。
今日の記者会見は自然な質疑応答らしく見せかけてはいるが、その実、事前にお膳立てされたものである、集まった約五〇人のヨーロッパの新聞・テレビ記者は、各々質問できると思って来た、このことを首相はご存じであろうか。訪欧の目的は相互理解を深めるためなのに残念だと思わないか。
質問の通訳は完璧だったが、首相はその記者が外務省に前もって提出させられたもとの質問に答えたのだった。〉・・・・・
日本の政治の質を世界に向かって曝した。
鈴木善幸当時と時間が経過し、時代も進んだ。このことに併行して政治の質も向上したはずだ。
だが、代々の首相はもとより、多くの閣僚が官僚答弁に頼らずに役目のすべてをこなすことはできない実態にさほどの変化はない。田中防衛相を擁護するつもりは毛頭ないが、中には官僚におんぶされて卒なくこなしているといった閣僚も散見する。
国会質疑で質問者が前以て提出する質問通告を断ちがたく存続させていることと、質問通告だけでは足りずに答弁に立つ間際に背後の秘書官から答弁を書き連ねたメモを受け取る閣僚の少なくない存在がこのことを証明している。
安倍晋三は自民党の長い時代に亘って築いてきた各人事に関わる伝統・文化・歴史を振り返ったなら、田中防衛相を嘲笑の餌食とする資格はないはずだが、自らを省みることができずにケロッとして批判した。
菅仮免と同様、自己検証の認識能力を欠いているからこそ可能としている嘲笑である。
こういった嘲笑はもし自民党が政権党に返り咲いたなら、ブーメランとなって安倍晋三や自民党そのものに降りかかってくるに違いない。