安倍晋三の拉致解決使命感訴えの街頭演説に拍手する支持者の感覚

2012-09-19 09:44:34 | Weblog

 2002年9月17日、小泉当時首相は北朝鮮の平壌で金正日総書記と初の日朝首脳会談に臨み、拉致を認めさせて、日朝平壌宣言に調印した。

 それから昨日、2012年9月17日、ちょうど10年が経過した。

 自民党総裁選候補者の街頭演説は日朝平壌宣言10周年に当たる9月17日、愛知県豊橋市で行われた。候補者の一人、当時内閣官房副長官として日朝首脳会談に臨席していた安倍晋三が10周年の9月17日に拉致問題に一言触れずにおくまい。

 安倍晋三「私も小泉氏とともに平壌を訪問した。すべてのご家族が、(拉致された)お子さんの手を握りしめるまで私の使命は終わらない」(YOMIURI ONLINE

 街頭演説に集まった支持者の中から大きな拍手が起きたという。

 安倍晋三は官房副長官として当時の小泉首相と共に北朝鮮を訪問、2002年9月17日の日朝首脳会談に臨席した。そこで金正日は北朝鮮による日本人13人の拉致を認め、「5人生存・8人死亡」を明らかにし、特殊機関が行ったこととして謝罪した。

 そしてこの約1カ月後の10月15日、日本人拉致被害者5人の北朝鮮からの帰国を果たした。

 この帰国は当初一定期間後北朝鮮に戻すとする一時帰国という形式であったが、安倍晋三は北朝鮮に戻すことを強硬に反対、一時帰国を一方的に破棄し、永久帰国へと持っていった。

 勿論北朝鮮は反発したが、最終的には拉致被害者の家族の帰国まで実現させた。

 尤も家族帰国の代償に食料支援の25万トンと1000万ドルの医療支援、さらに経済制裁を発動しないという約束を与えることとなった。

 北朝鮮拉致認知の2002年9月17日の日朝平壌宣言締結から10年。拉致解決をどれ程進展させることができたのだろうか。

 少なくとも自民党政権が崩壊する2009年8月までの約7年間、安倍晋三は自らの使命とした「すべてのご家族が、(拉致された)お子さんの手を握りしめる」場面の実現に一歩でも二歩でもスタートを切ることができたのだろうか。

 特に安倍晋三は2006年9月26日から2007年9月26日まで1年間、首相を務め、その政権は拉致解決を最重要課題としていたのに対して、その1年間に自らの主導によって拉致解決進展の何らかの成果を見い出すことができたというのだろうか。

 「対話と圧力」と言いながら、北朝鮮をして圧力を対話に変換させることができず、結果的に経済・金融・貿易制裁等の圧力一辺倒で推移することとなり、何ら成果を上げることができなかった。

 自民党が政権の座を降りて3年。民主党対北朝鮮外交の拙劣さもあるだろうが、自民党政権が取り組み、培ったはずの拉致問題のノウハウが何ら役に立たなかった3年間でもあったはずだ。

 合わせて10年が無為・無策のまま経過することとなった。

 いわば、「すべてのご家族が、(拉致された)お子さんの手を握りしめるまで」としていた安倍晋三の拉致問題解決の「使命」は如何なる形を取ることもなく、10年という月日の経過のみを見ることとなった。

 少なくとも自民党政権下の7年間、そのうちの首相在任の1年間は特に自らの「使命」形成に力を発揮して然るべきだったが、どのような力も発揮できなかった。

 それでもなお、過去10年の「使命」実現の無力を無視して、「すべてのご家族が、(拉致された)お子さんの手を握りしめるまで私の使命は終わらない」と言う。

 その発言に対して支持者が、やはり安倍晋三の過去10年の「使命」実現の無力を無視して、大きな拍手を送る。

 尤も安倍晋三が最近盛んに口にしている、金正日体制からその息子の金正恩体制への権力移行を拉致解決のチャンスだとする見立てが再び安倍晋三の使命感の頭をもたげさせたのかもしれないが、外交無策であったという事実は消去不可能で、その影響を引きずらない保証はない。

 このことはその打開策が何ら役にも立たず、成果を何ら見ることのなかった、従来どおりの圧力策一辺倒となっているところに現れているはずだ。日朝平壌宣言10周年を折り返し点として、再び同じ10年に向かっていく予感しか湧かない。

 安倍晋三に対するインタビュー記事――《【再び、拉致を追う】小泉訪朝10年、停滞する交渉 安倍元首相に聞く 正恩氏に決断迫ること必要》で次のように発言している。(一部抜粋参考引用)

 安倍晋三「金総書記は『5人生存』とともに『8人死亡』という判断も同時にした。この決定を覆すには相当の決断が必要となる。日本側の要求を受け入れなければ、やっていけないとの判断をするように持っていかなければいけない。だから、圧力以外にとる道はない。

 金正恩第1書記はこの問題に関わっていない。そこは前政権とは違う。自分の父親がやったことを覆さないとならないので、簡単ではないが、現状維持はできないというメッセージを発し圧力をかけ、彼に思い切った判断をさせることだ。

 つまり、北朝鮮を崩壊に導くリーダーになるのか。それとも北朝鮮を救う偉大な指導者になるのか。彼に迫っていくことが求められている。前政権よりハードルは低くなっている。チャンスが回ってくる可能性はあると思っている」――

 中国が外交カードとして有効な北朝鮮のその経済の崩壊を、有効な外交カードの放棄となるゆえに座視しないだろうし、ロシアは旧ソ連から引き継いだ北朝鮮110億ドル債務のうち、約100億ドルを帳消しとする政府間協定を北朝鮮との間で結んだと、9月18日の《ロシア 北朝鮮債務大半帳消し》NHK NEWS WEB/2012年9月18日 23時2分)が伝えている。

 残り約10億ドルはエネルギーなどの分野を中心とした両国の共同事業を通して償還する形を取るという。

 記事は解説している。〈ロシアは、アジア太平洋地域との経済関係の強化を目指しており、懸案の債務問題を整理することで、シベリア鉄道や天然ガスのパイプラインを朝鮮半島に延長する計画などの投資プロジェクトに弾みをつけるねらいがあるものとみられます〉――

 当たり前のことだが、要するに帳消しについても共同事業にしてもロシアの国益に基づいた政策だということである。帳消しだけでも、北朝鮮経済のカンフル剤とならない保証はない上にシベリア鉄道や天然ガスのパイプラインを朝鮮半島に延長する計画はロシアの国益を賭けてそれなりに利益を見込んだ投資とする以上、北朝鮮経済に利潤をもたらす政策となり得るはずである。

 いわば北朝鮮経済にとってもロシアの投資は一大チャンスである。

 こういった状況の展開を見るにつけ、果たして安倍晋三が言っているように、何ら役に立たなかった従来どおりの圧力一辺倒の外交で自らの「使命」を有効な形を取らなかったことから有効な形を取るよう転換することができるだろうか。

 過去に結果を出すことができなかった「使命」を、その事実に関わりなく口にし、売り込むことができる安倍晋三の神経も、このような経緯を顧みないままにその発言に大きな拍手を送ることができる支持者の感覚も、それでいいのだろうかと思ってしまう。

 断っておくが、小泉首相も安倍晋三も、 2002年9月17日の日朝首脳会談での「5人生存・8人死亡」で拉致問題の幕引きを図ろうとしていたのである。

 日朝首脳会談で行った日朝平壌宣言は次のように書き記している。

 〈1.双方は、この宣言に示された精神及び基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開することとした。〉――

 9月17日の首脳会談と目と鼻の先の10月中の国交正常化交渉を視野に入れていたのである。ここには「拉致解決なくして国交正常化なし」の認識は存在していない。

 逆に、言ってみれば、「拉致問題終了、国交正常化へ前進」の認識の存在しか認めることはできない。「5人生存・8人死亡」に納得し、幕引きを図ろうとしたからこそ、可能とすることができた2002年10月中の日朝国交正常化交渉再開だった。

 政府が納得したのに対して国民世論は「8人死亡」に納得せず、怒り、迫ることになった「拉致解決なくして国交正常化なし」の後付けの認識に過ぎない。

 当然、安倍晋三の「すべてのご家族が、(拉致された)お子さんの手を握りしめるまで私の使命は終わらない」にしても、国民世論の怒りがなかったなら、担うことにはならなかった「使命」であって、あまり偉そうに自分の専売特許のように言う資格はないはずだが、その資格を無視して偉そうに言っている。

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