山本沖縄・北方担当相が9月20日(2013年)、現職の閣僚として約8年ぶりに北方領土の国後島を訪問、ロシア側のソロムコ地区長と会談、今後も交流事業を続けることで双方の信頼関係を強めていきたいという考えを示したという。
この訪問は元島民とロシア側の住民がビザの発給を受けずに相互に訪問するビザなし交流に参加する形で行われたという。
《山本沖縄北方相が国後島を訪問》(NHK NEWS WEB/2013年9月20日 18時18分)
ソロムコ地区長「大統領やサハリン州の政策の成果で、国後島と色丹島では、毎年子どもの数が増えている。今回の訪問が私たちの友好関係の発展に資するよう期待している」
「毎年子どもの数が増えている」とは、ロシアの土地となっていくということを象徴させているはずだ。国後島と色丹島で生まれ育った子どもたちはその地を故郷とするということだから。
地区長は山本訪問が日ロ友好関係発展のきっかけとなることを願うが、前段で国後島と色丹島がロシアの実効支配のもと、発展しつつあることを伝えている以上、領土返還抜きの日ロ友好関係発展の願いと見なければならない。
借金にしたって、返さないで済むなら、返さないに越したことはない。
山本沖縄・北方担当相「北方領土問題を解決して平和条約を結び、両国の関係をさらに拡大発展させるのが日本政府の方針だ。日ロの交流事業によって双方の信頼関係を強めてきたことは大きな意義がある」
日本側の“領土問題解決”とは最大で4島返還、最低限で2島返還か、2島返還+αと言われる返還。ロシア側の“領土問題解決”とは最大で北方4島を返還せずに日ロ間でロシア領と確定すること。最低限で、1956年10月19日締結の日ソ共同宣言に基づいた歯舞・色丹の2島返還という具合に同床異夢となっている。
翌9月21日には択捉島を訪問。《沖縄北方相 領土返還の取り組み強化》(NHK NEWS WEB/2013年9月21日 19時33分)
オシキナ地区長「ビザなし交流による善隣関係は長く続いている。これからも交流したい」
「これからも交流したい」とは、自分たちは択捉島にとどまって、日本の閣僚や元島民を択捉島に迎える形の交流という意味なのは断るまでもない。
山本沖縄・北方担当相「民間レベルで信頼関係を深めることは大事だ。ビザなし交流をどう深化させていくか、政府内で議論したい」
山本一太は相手の言葉が意味することに気づかずにロシア側が国後島や択捉島にとどまった形のビザなし交流を進化させたいと答えた。
いわばビザなし交流とは北方4島がロシア領であり続けることを意味し、日本側は訪問者であり続けることを意味することになる。
それを「深化させたい」と言っている。
山本一太は日本人墓地を訪れ、雑草を刈るなどの清掃を行い、元島民ら訪問団を前に次のように発言している。
山本沖縄・北方担当相「この島で暮らしてきた日本人がいたことを改めて感じた。北方領土の返還をしっかり果たさなければならないという気持ちを強くした」
この島でかつて日本人が暮らしていた。だが、無謀な戦争が島々をソ連に渡すことになった。その結果、かつて住んでいた日本人を追い出されることになった。
山本一太は9月19日から9月23日までの国後島と択捉島訪問を終えて、9月23日、帰国した北海道根室市で記者会見を開いた。《ロシア 山本大臣発言は不適切》(NHK NEWS WEB/2013年9月26日 18時57分)
山本一太「領土返還を実現させていかなければいけないという決意を新たにした」
この発言に対してロシア外務省が9月26日に声明を発表して、「不適切だ」と批判した。
ロシア外務省「落ち着いた雰囲気の中で話し合いを進めるという両国首脳の合意に矛盾するものだ」
その上で、〈今後も四島を訪問した日本の政治家による領土問題への言及が続くようなことがあれば、「ビザなし交流」への政治家の参加を制限する可能性があることを示唆し〉たという。
要するに渡航制限の可能性を訴えたということである。
四島返還になるのか、二島返還になるのか、あるいはその他の返還になるのか、そのいずれに決定するのかの話し合いとして領土返還交渉が合意されているのだから、返還を求める側が返還に関わる決意を口にしても不適切でも何でもないはずだが、不適切だと言う。
要するに批判していることの意味は、「落ち着いた雰囲気の中で話し合いを進める」返還交渉の場でしか、「返還」という言葉を使ってはいけないということになる。
そうであることによって、山本一太の発言に対する批判は辻褄が合うことになる。
その狙いを裏返すと、返還交渉の場以外では日本の政治家の口から「返還」という言葉を封じることにあるということになる。封じたい意志がそのように批判させたとしか解釈することができない。
山本一太の発言に対するロシア側の反応は日本側からしたら、過剰反応そのものであろう。
だが、ロシア側からしたら、過剰反応だと片付けることはできないはずだ。日本の政治家が返還に関わる決意を口にし、それが万が一日本の大きな世論となって政府を動かす場合を想定したとき、世論に対する前以ての過剰反応は危機管理に通じる。
「落ち着いた雰囲気」とは交渉の場での雰囲気だけではなく、日本の世論の状況をも含めているはずだ。領土返還に関わる日本の世論も「落ち着いた雰囲気」であることを望んでいて、政治家の言葉に煩わされないよう、警戒しているはずだ。
山本一太のロシア側に直接向かって発したわけではなく、元島民に向けた発言だが、ロシア側も把握するはずの、「この島で暮らしてきた日本人がいたことを改めて感じた」という言葉は日本の世論に対して日本の領土であったこと、あるいは領土であることを直接的に印象づける言葉となる。世論がどう反応するかである。
ロシア側にとって幸いにして日本の世論の反応は大した動きを見せなかったが、かつて小泉純一郎が拉致問題で5人生存、8人死亡で決着をつけて日朝国交正常化交渉を進めようとしたが、8人死亡に日本の世論が納得せず、怒りの意思表示を示したことによって、政府は「拉致解決なくして日朝国交正常化なし」へと態度を変えざるを得なくなったように北方四島返還問題でも強硬な世論が沸き起こって、そのような強硬な世論に日本の政治家の選択肢が四島返還に集約された場合、当然、「落ち着いた雰囲気」は失われ、ロシア側は日ロ経済協力への影響も考えなければならなくなる。
決してあり得ない突然の状況の変化に対する想定ということではない。外交上の危機管理にしても、あらゆる場面を想定しなければならないからだ。
菅官房長官はロシア側外務省の山本一太発言に対する批判に対して9月27日午前閣議後記者会見で発言している。《菅官房長官「批判受けるいわれない」=ロシア警告に反論》(時事ドットコム/2013/09/27-12:53)
菅官房長官「ロシア側から批判を受ける謂れはない。(日ロの平和条約締結交渉への影響は)全くない。
山本担当相は4島交流事業を通じて相互理解が深まっていることを述べつつ、交渉を通じて領土問題(解決)を図っていくということを述べた。4島交流事業の目的に何ら反していない」
確かに「ロシア側から批判を受ける謂れはない」し、「4島交流事業の目的に何ら反していない」だろうが、にも関わらず、なぜ批判したのかの疑問からの解釈を示すのでもなく、まともな解釈によるまともな反応となっている。
当然、過剰反応だとする解釈を持たなかったことになる。
過剰反応という解釈を成り立たすことができていないから、過剰反応に潜んでいるであろうロシア側の意図を読み取ることはできない。
そのような外交感覚しか示すことができない。
決して、「批判を受ける謂れはない」という問題だけではないはずだが、それだけの問題で済ませている。日本の世論が北方四島返還問題で沸騰するとしたら、四島返還に対してしかなく、ロシア側が日本の世論のそのケースを恐れているということは、可能な限り四島返還を抹消したい意志を隠し持っているということであろう。