今年2月5日(2013年)、安倍晋三が首相官邸でデフレ脱却に向けて経団連、日商、経済同友会の経済3団体に対して直接の賃上げ要請を行った。
麻生も甘利も経済界に対して賃上げの要請を行っている。
10月1日、安倍晋三は費税増税決定発表記者会見を行い、新たな賃上げ策を打ち出している。
安倍晋三「足元の経済成長を賃金上昇につなげることを前提に、復興特別法人税の1年前倒しでの廃止について検討いたします」――
10月8日、自民党は総務会で自民党総裁安倍晋三直属機関とする「日本を元気にする国民運動実施本部」の設置を決めて、石破茂幹事長や青年局、女性局メンバーが中心となって各地で経済団体や労働団体などと意見交換し、安倍政権の経済政策「アベノミクス」への理解を求めるとともに、賃上げや雇用拡大の機運醸成を図ることにしたと、「MSN産経」が伝えている。
10月10日、茂木経産相が米倉経団連会長らと会談して、賃上げ要請を行った。
10月15日、自民党は賃上げによるデフレ脱却とその方策として、全国の企業に対して賃上げを促すため、青年局や女性局に所属する議員を各地に派遣する「日本を元気にする国民運動」の実施本部長に小渕優子元少子化担当相を起用することを決めたと、「時事ドットコム」記事が伝えている。
10月16日午後、安倍晋三は衆議院本会議の代表質問での答弁で、復興特別法人税の廃止は賃金の上昇につなげることが前提との認識を示したと、「ロイター」記事が伝えている。
要するにアベノミクスの成功の鍵は偏に賃金上昇にかかっていると言うことを示している。そうでなければ、こうまでも賃金上昇に熱心にはならないだろう。
果たして国民のための賃上げ要請なのか、アベノミクス成功のため、あるいは名宰相として自身の名声を残すための賃上げ要請であって、国民のためは結果論なのか、いずれなのだろうか。
一方で安倍晋三は日本を世界で一番企業が活躍しやすい国にすると度々公言している。
2月28日(2013年)、第183回国会に於ける安倍晋三施政方針演説。
安倍晋三「『世界で一番企業が活躍しやすい国』を目指します」
6月5日、内外情勢調査会での 「成長戦略第3弾スピーチ」
安倍晋三「世界で一番企業が活躍しやすい国の実現。それが安倍内閣の基本方針です」
そして10月15日招集第185臨時国会所信表明演説。
安倍晋三「日本は、『世界で一番企業が活躍しやすい国』を目指します」――
この発言は昨日(2013年10月16日)のブログで取り上げて、次のように書いた。
〈格差拡大阻止の姿勢を持たなければ、「世界で一番企業が活躍しやすい国」の達成は世界一の格差拡大国家の建設を答えとする。人件費が安く、不必要になればいつでも解雇できる、企業優遇税制も行き届いているといった条件によって、「世界で一番企業が活躍しやすい国」と言うことになるだろうからである。〉・・・・・
この書き方(=解説)の間違いに気づいた。逆説的に書いて、正解を得ることができる。
〈格差拡大を無視する姿勢を持って初めて、「世界で一番企業が活躍しやすい国」の達成が可能となる。尤もその達成は世界一の格差拡大国家の建設をも答とすることになる。人件費が安く、不必要になればいつでも解雇できる、企業優遇税制も行き届いているといった条件によって、「世界で一番企業が活躍しやすい国」と言うことになるだろうからである。〉・・・・・
このように書くべきだった。
企業活動の第一必要好条件は安価な人件費であることは断るまでもない。そうであるからこそ、日本の企業にかぎらず、各先進国の企業は安価な人件費を求めて海外に活動の場を移転させているのだろう。
中国は安価な人件費を武器に各国企業を受け入れて、2010年についには日本を抜いて世界第2位の経済大国にのし上がった。
日本企業の安価な人件費を求めたアジア進出は現在も勢いを止めない。
《焦点:アベノミクスが活性化する企業投資、資金は海外へ》(ロイター/2013年 09月 26日 14:33) 画素のことを具体的に教えてくれる。
〈実のところ、安倍首相が昨年12月の就任以降に行ってきた刺激策を以ってしても国内における民間セクター投資の退潮傾向にはほとんど歯止めが掛かっていない。逆に日本企業のアジア諸国に於ける投資を驚くほど加速させている。
今年前半の日本国内の設備投資は前年同期比で4%減少。これに対して日本貿易振興機構(JETRO)によると、日本企業のアジア投資は22%も増えた。〉――
〈日本政府による財政支出や円安の進行も、製造業が依然として国内の人口減少や高コスト、規制面の障壁などに見切りをつけて、急成長を続けてより経済が若々しいアジア諸国になびいているという事実を隠しようがない。〉――
ケネス・S・カーティス・スターフォート・インベストメンツ「日本企業の国内投資に対するインセンティブは圧倒的に小さい。長期的な人口動態には大きな問題があり、円の価値とともに自らの力が弱まることへの恐れが海外投資をますます促している」――
財政支出や円安を以てしても、労働力人口減少や賃金を含めた高コスト等の企業活動に於ける障害を相殺する力はないと言っている。
円安による輸入原材料の高騰も、アジア海外の安価な有り余った労働力を相殺する力を失わせるに至っているはずだ。
しかしこの記事でも賃上げの必要を訴えている。
〈企業の増益が日本経済に資するのは、それらの利益が投資拡大や賃金引上げに使われた場合に限られる。〉――
この指摘は安価な人件費を求めて活動の拠点をアジアに移転させている企業に対して矛盾を強いることになるばかりか、アジアの安価な人件費をなおのこと相対的安価へと導く矛盾をも孕むことになる。
要するに企業が常に欲求する経営に於ける好条件からの逆行を意味する。
だからこそ、各企業は安倍晋三や閣僚たちの賃上げ要請になかなか応じないのだろう。
勿論、「世界で一番企業が活躍しやすい国」という方針とも逆行することになる。
以上のような矛盾や逆行に対する一つの答が、安倍晋三が掲げている「国家戦略特区」の創設であろう。昨日10月16日の安倍晋三の代表質問に対する海江田民主党代表の質問で、「国家戦略特区」を「解雇特区」だと批判、対して「事実誤認だ」とかわしていた。
海江田代表「安倍内閣は企業の収益を賃上げにつないだ景気の好循環を目指すと、説明されています。しかし、安倍内閣の成長戦略は既に民主党政権時代に打ち出した内容の焼き直しに過ぎません。
加わったのは、労働法制の改悪と賃金上昇なき物価の上昇による雇用不安及び格差の拡大であります。
具体的に伺います。先ずは国家戦略特区です。民主党は働く人たちを使い捨てにする企業を大量生産することになる解雇特区など、断じて認めるわけにはいきません。・・・・・」
安倍晋三「国家戦略特区についてのお尋ねがありました。安倍内閣の基本方針は成熟産業から成長産業に円滑に人材を移動する、失業なき、労働移動の実践です。
現在国家戦略特区に於いて検討中の雇用改革はルールの明確化等によって雇用の拡大を目指すものです。解雇特区などというレッテル貼は事実誤認であり、不適切であります」――
「事実誤認」だとしているが、次の記事は賃上げと「世界で一番企業が活躍しやすい国」の矛盾、もしくは逆行に対する一つの答を象徴することになる情報となっている。
《非正規雇用10年まで更新へ》(NHK NEWS WEB/2013年10月17日 5時11分)
労働契約法は雇用分野の規制緩和の一環として非正規労働者が同じ企業で5年を超えて働いた場合、希望すれば期限のない雇用契約に切り替えることを企業に義務づけている。
安倍政権はこの非正規雇用できる期間を10年まで更新できるよう改正を目指す方針を固めたと伝えている。
一方で賃上げ要請を行い、一方で非正規雇用者をより長い期間、安い賃金で使えるようにするというわけである。
当然、要請している賃上げの対象は、結果的に非正規社員に波及することはあっても、初期的には正社員に限っていることになる。
この方針は「国家戦略特区」限定の雇用規制緩和としていたが、全国一律の規制を求める厚生労働省の難色に応えて、全国一律の規制緩和方針とすることになったとしている。
記事最後の解説。〈労使間の紛争を防ぐため、政府が過去の労働裁判の判例を分析し、解雇が認められるケースなどの目安をガイドラインとして、企業に示すとともに、企業向けの相談窓口を設ける方針を確認しました。〉――
いわば解雇しやすい方向への衝動が否応もなしに働いていることしか窺うことのできない解説となっている。
一方で賃上げを要請していながら、その一方で賃上げの辻褄を合わせるべく賃金抑制を策動している。
非正規雇用可能期間の更新を5年から10年まで拡大して、非正規雇用を非正規雇用のまま置こうとしているのだから、当然、収入格差等の経済格差拡大はなくならない
このような策動からは国民のための賃上げ要請は見えてこない。結果として一部の国民の収入を増やすことになったとしても、国の経済を強くするためだけの止むを得ない方便としか把えることができない。
こういった格差をつくる雇用状況は「世界で一番企業が活躍しやすい国」の実現には好材料となるが、皮肉なことに辻褄合わせの賃金抑制では中途半端な結果に終わるに違いない。
あくまでも「世界で一番企業が活躍しやすい国」の実現は先ずは安価な人件費を重要な条件とするからだ。
目指すべきは人件費カットの圧力が常に働くことになる「世界で一番企業が活躍しやすい国」ではなく、“国民が世界で一番暮らしやすい国”でなければならないはずだ。