「河野談話」作成過程検証には飛んでもない数々のインチキがある。作成過程検証の報告書である《慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯》冒頭の、「河野談話作成過程等に関する検討チーム~検討会における検討~」には次の記述が行われている。
〈1 検討の背景
(1)河野談話については,2014年2月20日の衆議院予算委員会において,石原元官房副長官より,
①河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について,裏付け調査は行っていない,
②河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある,
③河野談話の発表により,いったん決着した日韓間の過去の問題が最近になり再び韓国政府から提起される状況を見て,当時の日
本政府の善意が活かされておらず非常に残念である旨の証言があった。
(2)同証言を受け,国会での質疑において,菅官房長官は,河野談話の作成過程について,実態を把握し,それを然るべき形で明らかにすべきと考えていると答弁したところである。
(3)以上を背景に,慰安婦問題に関して,河野談話作成過程における韓国とのやりとりを中心に,その後の後続措置であるアジア女性基金までの一連の過程について,実態の把握を行うこととした。したがって,検討チームにおいては,慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない。〉――
〈したがって,検討チームにおいては,慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない。〉――ここに作成過程検証のインチキの最たる一つがある。
このインチキの理由はおいおい順を追って述べる。
「河野談話」で問題点となっている点は果たして従軍慰安婦の軍や官憲による強制連行があったかどうかである。「河野談話」は強制連行があったとしている。安倍晋三やその一派、橋下徹大阪市長などは強制性を否定している。
根拠は政府発見資料の中に軍や官憲による強制連行を直接示す記述がないことに置いている。この一点のみを強制性否定の唯一の理由としている。
このことの裏を返すと、強制性を認める立場の者が根拠としている各国の元従軍慰安婦の証言を、それが信憑性あるものかどうかの検証さえ行わずに一切認めないという態度を取っていることになる。
そのような態度を背景とした検証であることは、「河野談話」作成過程で〈①河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について,裏付け調査は行っていない〉ことを以って「河野談話」が描いている強制性が事実に反するとするなら、あらゆる面に亘って裏付け調査を行い、事実に反することの正しさを証明すべきを、〈慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討〉は行わないとしているところに如実に現れている。
つまり単に日韓間にすり合わせや妥協や取引があって「河野談話」は作成されたとすることで、〈慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討〉を行わないままに強制連行はなかったとするインチキを否応もなしに存在させている。
このインチキは、〈5 検討の手法〉の記述にも現れている。
〈(2)秘密保全を確保するとの前提の下,当時の政府が行った元慰安婦や元軍人等関係者からの聞き取り調査も検討チームのメンバーの閲覧に供された。また,検討の過程において,文書に基づく検討を補充するために,元慰安婦からの聞き取り調査を担当した当時の政府職員からのヒアリングが内閣官房により実施された。〉――
「河野談話」作成過程で〈元慰安婦の聞き取り調査結果について裏付け調査を行っていない〉、しかも今回の作成過程検証でも、〈検討チームにおいては,慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない。〉以上、〈元慰安婦や元軍人等関係者からの聞き取り調査〉を検討チームのメンバーの閲覧に供したとしても無意味そのもので、最たるインチキであろう。
菅官房長官は安倍内閣としては「河野談話」を継承するとしているが、そのことに反する発言も行っている。《【河野談話検証】「談話の見直しは事実上不可能」、菅官房長 官記者会見(一問一答)》(MSN産経/2014.6.20 21:14)
菅官房長官「河野談話の作成過程に関し、これまで明らかにされていなかった事実が含まれている。平成19年に閣議決定した政府答弁書を継承する政府の立場は変わらない。慰安婦問題については筆舌に尽くしがたいつらい思いをした 方々の思いに非常に心が痛む。政府の立場は変わらない」――
平成19年閣議決定とは、前で少し触れたが、周知のように第1次安倍内閣が辻元清美の質問主意書に対して出した答弁書の中の、従軍慰安婦否定の唯一の根拠としている、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」として、それを閣議決定していることを指す。
つまり安倍内閣として「河野談話」を歴代内閣と同じく継承するが、と同時に安倍内閣として「平成19年に閣議決定した政府答弁書を継承する政府の立場は変わらない」と、「河野談話」を排斥している。
まさしくインチキの横行である。
犯罪捜査でも物的証拠が存在しなくても、情況証拠を積み重ねて容疑を確認した上で起訴に持ち込み、裁判に於いても積み重ねた状況証拠に基いて有罪判決を下すケースは多々ある。
要するに「河野談話」自体が元慰安婦の聞き取り調査を行いながら、その証言に対して裏付け調査は行わないインチキの産物であり、「河野談話」作成過程検証自体も。〈慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない。〉インチキの産物だということである。
《慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯》が如何にインチキな検証であるか、インチキと分かる箇所を拾い出して、併せて「河野談話」が、韓国側との妥協の産物であると言うことだけではなく、日本側にしても如何にインチキを行っていたか、関係する文章を拾い出してみる。
調査に当たって、1992年10 月中旬の日韓事務レベル協議で韓国側から次のよな要望が出された。
〈①重要なのは真相究明である,
②強制の有無は資料が見つかっていないからわからないとの説明は韓国国民からすれば形式的であり,真の努力がなされていないものと映る,
③被害者及び加害者からの事情聴取を行い,慰安婦が強制によるものであったことを日本政府が認めることが重要である等の反応があった。〉
韓国側の要望に対する日本側の対応方針。
〈「強制性」については明確な認定をすることは困難なるも,「一部に強制性の要素もあったことは否定できないだろう」というような一定の認識を示す。〉
要するに韓国側は日本政府が従軍慰安婦の強制性を認定することを前提とた調査を要求し、そのような要求に対して日本側は強制性は認定できないとしつつも、部分的には認定しなければならないだろうと、最初から妥協の姿勢を示している。
つまり「河野談話」の強制性認定は韓国側の要求に対する妥協の産物というわけである。
「河野談話」作成に於けるインチキの開始である。
但しあくまでも元慰安婦の聞き取り証言に対しての裏付け調査なしのインチキを含めたインチキの開始であることを断っておかなければならない。
同じく「強制性」に関する日本側の対応方針。
〈「例えば,一部には軍又は政府官憲の関与もあり,『自らの意思に反した形』により従軍慰安婦とされた事例があることは否定できないとのラインにより,日本政府としての認識を示す用意があることを,韓国政府に打診する」〉との方針を示し、元慰安婦の代表者からの事情聴取に関しては、〈「真相究明の結論及び後続措置に関し,韓国側の協力が得られる目途が立った最終的段階で,他の国・地域との関係を考慮しつつ,必要最小限の形でいわば儀式として実施することを検討する」〉とした。
元慰安婦の代表者からの事情聴取は「必要最小限の形でいわば儀式として実施することを検討する」――
元従軍慰安婦からの事情聴取自体が儀式であった上に、聴取した証言に対する裏付け調査は行っていなかった。いや、儀式としていたからこそ、最初から裏付け調査を行う意図を持っていなかったと見るべきだろう。
「河野談話」の作成は元従軍慰安婦からの聞き取り証言を裏付け調査もせずに強制性の検証を一切排除して、政府発見資料中に軍や官憲による強制連行を直接示す記述がないことのみを以って強制性否定の根拠としていたものの、韓国政府と韓国世論を納得させるために強制性を一部認める妥協を構造としていた。
安部政権の「河野談話作成過程検証」にしても、この構造の前半部分を引き継いでいる。だから、「河野談話」作成過程検討チームは慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討を行わなかっった。
元従軍慰安婦からの聞き取りは韓国政府が韓国太平洋戦争犠牲者遺族会と韓国挺身隊問題対策協議会に打診。太平洋戦争犠牲者遺族会は聞き取りに応じたが、〈日本軍の犯罪の認定,法的賠償等を日本側に要求することを運動方針としている〉挺身隊問題対策協議会は聞き取り調査に難色を示したために日本政府は聞き取りを断念、同協会が出している証言集の提出を受け、検証することにした。
太平洋戦争犠牲者遺族会に対する聞き取りは1993年7月26日から7月30日まで行われた。
〈聞き取り調査の位置づけについては,事実究明よりも,それまでの経緯も踏まえた一過程として当事者から日本政府が聞き取りを行うことで,日本政府の真相究明に関する真摯な姿勢を示すこと,元慰安婦に寄り添い,その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり,同結果について,事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。
聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については,聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており,聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた。〉――
「河野談話」作成に於ける究極のインチキがこの記述に現れている。聞き取り調査は儀式であることの既定路線をそのまま進んだ。
いわば元従軍慰安婦証言の歴史的事実性の有無の検証は一切排除された。
そして安部政権にしてもこの検証の排除を受け継いでいる。
但し当時「河野談話」作成に関わった日本側関係者は韓国挺身隊問題対策協議会の証言集を分析している。〈軍関係者や慰安所経営者等各方面への聞き取り調査や挺対協の証言集の分析に着手しており,政府調査報告も,ほぼまとめてられていた。これら一連の調査を通じて得られた認識は,いわゆる「強制連行」は確認できないというものであった。〉――
聞き取りに応じた韓国太平洋戦争犠牲者遺族会の元従軍慰安婦からの直接的な証言でさえ、〈事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。〉儀式に過ぎなかったのだから、韓国挺身隊問題対策協議会証言集の分析でも、同じ手法が踏襲されたはずだ。
そして韓国政府との妥協が成立し、「河野談話」の発表となった。
要するに安部政権は「河野談話」作成と同じ姿勢を維持したまま、その狭い世界にとどまって、「河野談話」のインチキ(=虚偽)を暴いただけのことで、〈慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討〉を行わないまま、広い世界に向けて一歩も踏み出そうとはしなかった。
広い世界とは、インドネシアやフィリピンや台湾や、その他の国々の元従軍慰安婦の証言の世界のことであるのは言うまでもない。それらの証言に対する検証を排除して、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」が見当たらなかったとしている政府発見資料のみを根拠とした従軍慰安婦強制性否定の偏った歴史認識の姿勢を頑なまでに守っている。
これが安倍晋三たちに於ける究極最大のインチキである。守らなければ、自分たちの歴史認識の修正を余儀なくされる恐れがあるから、元従軍慰安婦の証言の世界へ飛び込むことを避ける防衛本能が働いているに違いない。