2016年1月13日の衆院予算委で民主党の山尾志桜里議員が、安倍晋三が被雇用者の賃金の増減は景気回復局面では初期的には賃金の低いパート雇用が増えて、それが母数として加えられることになって全体の賃金が減るから実質賃金で見るのではなく、全体の合計賃金である総雇用者所得で判断すべきだとするその合理性の理由に、金額が変わることはあるが、趣旨自体はバカの一つ覚えで、「私は50万円、妻は25万円。安倍家の収入は合計75万円に増える」と言っていることに対して[パートの実態が分かっていないんじゃないか。女性が働いている環境をご存知じゃない」と追及した。
この追及に安倍晋三は次のように答弁している。
安倍晋三「まさに本質を見ない枝葉末節の議論でしてね、本質を見ないと経済は良くなりませんよ。――」
安倍晋三は総雇用者所得説を譲らず、「私が50万円、妻が25万円」の譬え話は賃金の増減を総雇用者所得で説明することの合理性の例示であって、「私は妻がパートで働き始めたなどと言っていない」と、過去の国会答弁とは異なる強弁を押し通し、いつものことだが、民主党政権時代よりも安倍政権になって各経済指標が良くなっていることをあげつらう伝家の宝刀(いざというときに出す、とっておきの切り札)を抜いて、自己正当化を謀った。
安倍晋三「大切なことはそんな枝葉末節なことで揚げ足を取っているよりはパートの時間給を上げることですよ。我々はね、パートの時間給を上げてるんじゃないですか(拍手が起こる)。
これはですね、今まで統計を取っても、高い水準で上がりつつあるわけですよ。大切なことはそうであって、そしてちゃんと仕事を作っていくことですよ。仕事を私たちは作っています。110万作っているという現実を見た方がいいですよ。
倒産件数は皆さんの時代よりも2割も減っているんですよ。2割倒産件数が減って、翌年はさらにそこから10%も倒産件数が減っている。1万件を減ったということは20年振りのことですよ。
そういうことが私達政治家に求められていて、そうするためにはどういう指数が見ていかなければならないかということを私は単に説明しただけであって、それをですね、この大切な予算員会の場でですね、延々とこうやって議論しているようでは、これが本来なのかと国民の皆さんは心配しているのではないかと思いますよ」
質問にまともに答えることに不利になると、民主党政権と比較したプラスの統計値を持ち出して反撃に出る。
だが、このプラスの統計値はあくまでも全体を一括りした成果・実績であって、個々のケースに何ら矛盾が存在しなければ何も問題はないが、もしそこに無視できない矛盾が存在した場合、それを隠すという情報操作を介した成果・実績の情報提示ということになって、当然、正確性を欠いたゴマカシの説明となる。
既に安倍晋三は自身に都合のいい統計のみを言い立てて、都合の悪い統計には触れない、隠すと言われているが、「パートの時間給を上げてる」と言っている、あるいは「倒産件数を1万件減らしている」と言っている全体的に一括りしたプラスの統計値の中に個々のケースに関して果たして何ら矛盾が存在しないのだろうか。
「パートの時間給を上げてる」と言っていることに対してそれ以上に正社員の、特に大企業の正社員の給与が上がっていて、格差が拡大していることを殆どが承知していて、国会でも追及を受けているが、安倍晋三は決して都合の悪い統計は出さない。
パートの時間給が上がっていると言っていることにもプラスの統計と異なる矛盾が存在する一例を挙げてみる。『「非正規雇用」の現状と課題』(厚生労働省)
先ず2014年6月分の所定内給与額からみた8持間労働者の賃金格差を見てみる。正社員・正職員の時給ベースでの平均賃金は1,937円。対して正社員・正職員以外の時給ベースでの平均賃金は1,229円。
その差は約700円。1日8持間働いて、5600円の差。1カ月22日働いたとして、約12万3千円。1年に換算すると、150万円近くの格差となる。
この賃金格差はボーナスや残業代にも響いて、格差をより広げることになる。
次に短時間労働者、いわばパートの正規と非正規の賃金格差は次のようになっている。パートの正社員・正職員の時給ベースでの平均賃金は1,393円。パートの正社員・正職員以外の、いわば非正規のパートの時給ベースでの平均賃金は1,027円。
その差は366円。労働時間がそれぞれ異なるだろうから、1日、あるいは1ヶ月の正確な差は出てこないが、8持間労働の正社員とパートの正社員の時給のみの差を見てみると、1,937円に対して1,393円。8持間労働の正規と非正規との賃金格差700円より縮まるが、544円の差がある。
だが、安倍晋三は「安倍政権になって110万人の雇用を増やした」とか、「我々はね、パートの時間給を上げてるんじゃないですか」とプラスの統計値のみを見てその成果、実績を誇るだけで、個々のケースに於ける賃金格差等の矛盾には触れない。
さらにパートという職種の固定化、少しぐらい上がっても正社員と比較した場合の低賃金であることに変わらないことの固定化にも触れない。
果たしてこれでは国民に正しい説明を行っていると言えるだろうか。
では、倒産件数を減らしたと言っていることを見てみる。
2014年12月14日投開票の衆院選挙を控えた11月30日のNHK総合テレビ「日曜討論」でも同じ趣旨の発言をしていて、《6. 廃業 - 中小企業庁》の記事が掲げていた左の統計画像を用いて、休廃業・解散を含めない自己都合な情報提示を『ブログ』で批判したが、今度は別の記事から見てみる。
《全国企業倒産集計・2015年報》(帝国データーバンク/2016年1月13日)には次のような記述がある。
〈倒産件数は8517件、6年連続の前年比減少も2015年第4四半期は増加に転じる。負債総額は2兆108億800万円、3年ぶりの前年比増加〉――
具体的には2014年の9180件倒産に対して2015年7.2%減の8517件で、確かに安倍晋三が誇っているように倒産件数はアベノミクス効果なのだろう、減っている。だが、2015年7~9月第3四半期倒産件数1,999に対して2015年10~12月の第4四半期は2,118の倒産件数、前月比6.0%の増加、他の四半期は前年比で全てマイナスであったのが、僅かながら0.3%と増加に転じている。
負債総額で見ると、2014年1兆8678億円の負債に対して2015年7.7%増の2兆108億800万円の負債で、3年ぶりの前年比増となっている。
負債総額を〈四半期ベースでみると、第2四半期を除く3四半期で前年同期を上回り、とくに第3四半期以降は、2四半期連続で前年同期比2ケタの大幅増加となった。〉と解説している。
問題点として、「不況型倒産」の合計が2014年7593 件に対して2015年7149 件と減っているものの、「放漫経営」や「設備投資の失敗」、「その他の経営計画の失敗」等の構成比で見ると、2014年82.7%であったのに対して2015年83.9%と、1.2 ポイント上回って、2年連続の前年比増加となっていることを挙げている。
安倍晋三が「アベノミクスの効果が出てきた」、「足許の景気は良くなっている」、あるいは「デフレは脱却しつつある」と言っていることに対して、「不況型倒産」が割合では2年連続の前年比増加ということは明らかに言っていることと正反対の矛盾を描いていることになる。安倍晋三の言っていることが正しければ、「不況型倒産」は漸減傾向になければならない。
だが、逆の傾向を辿っている。
にも関わらず、全体を一括りしたプラスの統計値だけを持ち出して、「倒産件数は皆さんの時代よりも2割も減っているんですよ。2割倒産件数が減って、翌年はさらにそこから10%も倒産件数が減っている。1万件を減ったということは20年振りのことですよ」と、それを以て経済の実態だとしてアベノミクスの成果・業績とする。
もう一つ安倍晋三が言っている安倍政権下の倒産件数の減少に関して個々のケースで見た場合の無視できない矛盾が存在する。
新アベノミクスで「1億総活躍社会」のバラ色の夢を描き、そのような社会から遮られている集団である年間10万人を超える介護離職者を介護と離職から解放する「介護離職ゼロ」を掲げているが、その実現の重要な方策として特別養護老人ホーム等の介護施設の整備――受入れ入居者数の増加を進めている。
要するに家族の介護から施設の介護への転換によって家族を介護から解放して介護のための離職者をゼロに持っていく。
つまり「介護離職ゼロ」は介護施設の整備・入居者の拡充を必要不可欠の絶対条件としている。
これは自民党小渕恵三内閣末期2000年4月1日発足の介護保険制度が当時謳い、せっせと進めてきた「施設介護から在宅介護へ」からの、この期に及んでからの大転換である。
塩崎厚労相が「介護離職ゼロ」を受けて厚労省の役人たちが練り上げたのだろう、第2回国民会議に提出した『計画書』は2020年度までに約34万人分、2020年代初頭までに40万人分の受入れ枠の拡充、この拡充で介護離職者を6万人減としていたが、安倍晋三の「十分ではない」の声に、2020年度までに+4万人の約38万人分、2020年代初頭までに+10万人の50万人分の大計画に見直している。
この大々拡充で年間10万人を超える介護離職者をゼロに持って行き、残りを約15万人いる特別養護老人ホーム入居希望の自宅待機者に当て、合計で「+約12万人分」の解消としている。
大いに結構、猫灰だらけだが、2015年1年間の介護サービス事業者の倒産件数は過去最多の76件だと報道しているマスコミ記事を水先案内として《東京商工リサーチ》(2016.1.13)のサイトにアクセスして見た。
記事冒頭で、〈介護報酬が2015年4月から9年ぶりに引き下げられたが、2015年(1-12月)の「老人福祉・介護事業」の倒産は76件に達した。前年に比べて4割増になり、介護保険法が施行された2000年以降では過去最多になった。介護職員の深刻な人手不足という難題を抱えながら、業界には厳しい淘汰の波が押し寄せている。〉
この過去最多の倒産件数を伝えている『47NEWS』記事は、〈景気回復で他業種に人材が流れ、人手不足が深刻化している。〉ことを倒産の要因の一つに挙げている。
介護職員の1カ月の給与が全産業平均よりも10万円低い20万円程度の安さであることは知られていて、加えて何日か置きに夜勤を行わなければならない不規則な勤務の大変さから、景気が良くなって求人が増えると他産業に流れていくことはよく指摘されていることだが、アベノミクスが景気回復を目指し、一方で介護事業所の職員がその職にとどまるには不景気である方が好都合でよく人が集まるということなら、両者は見事なパラドックスを描くことになる。
東京商工リサーチのこの統計の発表は1月13日で、安倍晋三が山尾志桜里民主党議員と遣り合ったのと同じ日だが、介護事業所の2012年倒産33件に対して2013年と2014年が共に54件と急激に増え、2015年に入って増えていることを「介護離職ゼロ」との関係で、あるいは「1億総活躍社会」達成との関係で把握していなければならなかった必要最重要な情報であったはずだ。
だが、民主党政権時代よりも倒産件数が減っただ何だと全体を一括りしたプラスの統計値だけを持ち出して、自らの政策とは矛盾した個々のケースには目もくれずにアベノミクスの成果を誇り、実績だとする。
果たして一国の首相として国民に対して正直な姿を見せていると言うことができるだろうか。