◆運用思想の転換こそが必要
北朝鮮のミサイルを用いた人工衛星試験により、日本では、安全保障の議論が再燃し、ミサイル基地を発射以前に叩く能力を保有させることができないか、という視点からの議論も行われている。
航空自衛隊は、90年代から、既にこの種の要求が出されたことを想定しての図上での検討作業などは行われており、これについては、1998年のテポドンミサイル試験の際に報じられている。これは93年のノドンミサイル実験を契機に、研究を行ったとのことだ。また、今回のミサイル試験に際しても、自民党内部ではトマホークミサイルを保有することが出来ないか、という発言が出されたことが報じられている。
しかし、これらの議論において抜け落ちているのは、ミサイルサイトを如何にして発見するか、ということである。北朝鮮一つをとってもノドンミサイルやスカッドCなど日本に到達するミサイルは300発以上が配備されており、しかも、スカッドCなどは移動発射装置に搭載され、自由に移動、掩砲所などに待機している。
これらを如何に発見するか。例えば1991年の湾岸戦争では、イラク軍がイスラエルやサウジアラビアに対して弾道ミサイル攻撃を断続的に実施したが、これに対して米軍や英軍を中心とした多国籍軍が航空攻撃を繰り返したものの、実際には航空攻撃に対して欺瞞するために設置された囮を攻撃していた事例が多く、最終的に航空攻撃の目標発見を、SASやデルタといった地上の特殊部隊と合同で行わなければ正確な情報に基づく弾道ミサイル無力化を行うことはできなかった、と湾岸戦争議会報告には記されていた。
この点、航空自衛隊のRF-4などの偵察機や、陸上自衛隊の特殊作戦群などによる情報収集により、果たして秘匿されたミサイルなどを発見することができるかには疑問が残る。秘匿されたミサイルを発見することがいかに難しいか、湾岸戦争の事例だけでなく、幾つか挙げることができる。
例えば陸上自衛隊は、冷戦時代、ソ連からの脅威を正面から受け止めていた北海道を防衛するために、88式地対艦誘導弾を開発、6連装発射機16両からなる地対艦ミサイル連隊を三個、北部方面隊に配備しているが、ソ連軍による航空攻撃に対しては坑道掘削装置などを用いて掩砲所を構築すれば、生き残ることが可能、という試算を出している。
この試算は、妥当であったようで、秘匿された装備を航空攻撃により破壊することは難しいという戦訓は1998年にユーゴスラビアに対して実施されたNATO軍でも証明されている。多くの誤爆被害を出しつつも、実施されたNATO軍による空爆であっても、主目標とされたユーゴスラビア軍機甲部隊の被害は、一個中隊程度に収まったという。
航空自衛隊は、対地攻撃能力を有するF-2支援戦闘機の飛行隊を、三沢基地に2個飛行隊、築城基地に1個飛行隊有しているが、合計54機の飛行隊では、実施できる航空攻撃の能力には限界がある。加えて、前述したように、移動式ミサイル発射装置がどこにあるのかを探すのは容易ではない。
もう一つ忘れてはならないのは、航空自衛隊の支援戦闘機飛行隊は、どの程度対地攻撃訓練を実施しているのか、ということだ。F-2飛行隊は、そもそもASM-1対艦ミサイルを四発運用して、日本本土に接近する上陸船団を洋上で撃破するための機体である。つまり、複雑な地形を超えて低空飛行を行った上で、航空攻撃を行う訓練はどの程度行われているかが疑問な訳だ。
航空自衛隊は、青森県の天ヶ森射爆場において射爆訓練を行っているが、果たして、初めて展開する地形、そういった地形を相手に、当然配置されているであろう敵防空砲兵部隊の高射機関砲や地対空ミサイルをかわしつつ目標を無力化する、というような任務を遂行する訓練は行われているのだろうか。
米空軍の三沢基地に展開するF-16飛行隊を見ると、垂直尾翼にはWW、ワイルドウィーゼルの表記がある。これは青森県で野生のイタチを拾ったという意味ではなく、防空制圧任務に対応した飛行隊であることを示している、そうしたうえで防空制圧や近接航空支援任務を実施するために、日本全土で、騒音問題にも繋がる低空飛行訓練を実施している。
しかし、航空自衛隊は、騒音問題一つをとっても基地の周囲での騒音訴訟、基地の後でできた住宅街などからの騒音訴訟も含め、幾つかを抱えているが、低空飛行での対地攻撃訓練などを契機とする訴訟は行われていない。少なくとも、この種の訓練は日本では行われていないようで、海外でも訓練を含めたとしても、海外に派遣されての訓練は、回数が好評されているが、充分な数の訓練が行われているとは言い難い。
しかし、これは怠惰などではなく、運用思想の相違と演習場の制約というものからくるものである。冷戦時代、航空自衛隊は、北海道上空の航空優勢を何とか確保し、米軍が展開するまでの期間、陸上自衛隊の抗戦をソ連空軍の攻撃から防護しつつ、都市部を航空攻撃から守ることに主眼が置かれていたもので、それ以外に予算などを振り分ける余裕が無かった、ということが背景にある。
特に、日本は第二次世界大戦中、航空優勢を喪失したことで打つ手なく為されるがままに空からの脅威に曝された戦訓があり、欧州NATO軍がF-16やトーネードなど対地攻撃能力を有する機体の配備に重点を置いていたのと比べ、航空自衛隊は制空戦闘機を中心とした装備体系を構築してきており、対地攻撃能力は二の次にされてきた、という背景がある。しかし、こちらも説得力はあり、批判の対象とはなり得ない。
飛行隊の数一つをとっても、F-15戦闘機の飛行隊は8個、対してF-2飛行隊は3個が整備される計画であり、仮にF-4EJ改の後継機、F-X選定に対地攻撃能力の高い航空機が選定されたとしても、航空優勢確保に主眼を置いた戦闘機による飛行隊が全体の主力を占めるという点では、当面は不変である。
航空自衛隊では、対地攻撃訓練の回数とパイロットの練度、精密誘導爆弾の保有数や前線航空統制要員の養成を含め、現段階では問題が多いが、これは政治の観点から求められている能力水準に起因するものが多い。また、陸海空自衛隊の情報をリアルタイムで共有する体系という点で、政治のイニシアティヴが必要となる点であろう。
策源地攻撃というとトマホークというような花形装備に目が行きがちであるが、如何にして目標を発見するのか、どのようにして火力を投射するのか、冷戦時代の航空優勢確保という運用思想から、戦力投射へ、という転換は必要なのか、ソフト面からの議論が必要なのではないか、つまり必要なのは“運用思想の転換”をどう考えるのか、と思う次第。
9.11以降、自衛隊への政治の要求は大きくなっている。インド洋海上阻止行動給油支援、イラク復興人道派遣、弾道ミサイル防衛、ソマリア沖海賊対処。もちろん、この任務は、国土防衛という任務に加えて付与されているものであり、現在までは、運用と装備の工夫によりなんとか成し遂げてきたものはある。
ただし、防衛大綱に明記された自衛隊装備の上限は年々削減に削減を重ねており、政治は知ってか知らずか、期待し、要求する任務の度合いは高く、そして重くなってきている。他方で、装備体系は冷戦時代から、これは予算の関係上もあるのだが、大幅な転換を行い得ていない部分もあり、求める側としても、配慮を行う必要があるのではないか。
どういった任務を有するべきか列挙し、その任務に対応するために必要な資材の投入が装備体系、また、それらを長期的に稼働状態に置くためにはどのようなグランドデザインが考えられるか、これは国家戦略とも絡む問題であり、勇ましい敵基地を攻撃する策源地攻撃!という言葉を掲げて終わるだけではなく、運用思想に依拠した能力を如何に整備するかを議論する必要があるのではないか。
HARUNA
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