◆装備への知識不足と読者層への配慮が背景か
日本の防衛装備品ですが、高いので輸入の方が安い、という論調の背景にあるものはどういったものなのでしょうか、一方、比較している海外装備はヘンではないでしょうか、本日はこの視点を少しみてみましょう。
日本の防衛装備品が高い、という印象は、20年ほど前に湾岸戦争を契機とし、90年代後半にかけ多くの著書で強調された一方、これが少々整合性がとれていない点を指摘する著書が少ないまま訂正されず、その後海外の装備品を日本に輸入する場合の問題や仕様が全く異なる点を誰も指摘しないまま、今に至る点が背景にあるのではないか、と考えます。もちろん、性能の面で細かい点を精査すれば単純な比較は行えないことは分かることなのですが、あまりにも露骨な国産装備への偏見が一時期、識者の間にあったのではないでしょうか。
自衛隊は、性能面だけを見ますと独自性がある装備が多いですし、海外装備ですと日本の地形に合わないものが多かったりします。過去に提示したのが日本の細い車道には海外の大型装甲車が対応していない、というものでしたが、付け加えますと、どうようの問題を抱えた事例にイタリアがあります。あの国はアメリカからM-60戦車を導入しましたが、アルプス付近では大型すぎ、続いて世界が第三世代戦車に移行しつつあるときにようやく地形に合致するレオパルド1を導入したものの導入当初から時代遅れ、ようやく国産のアリエテ戦車開発に到達した、という例もあります。
しかし、自衛隊装備への批判を観てみますと、これは比較対象として自衛隊装備と比較されている海外装備がおかしい、比較軸がずれているのではないか、というものがあります。ここで思い出されるのは、民主党政権時代に行われた事業仕訳にて大学教授が89式小銃の値段の高さを批判する比較対象にAK-47が30ドルくらい、AK-47はそうとうな中古でも30ドルは難しいと思うのですが、生産終了している時代の話か、1ドル360円時代の話か、兎に角比較軸化比較対象がおかしいものがありました。
AK-47が30ドルというのは、登場当時の1950年ならばそのくらいで買えた、という事でしょうか、当時最大の硬貨は5円硬貨で1951年に10円硬貨が誕生、煙草のピースが60円時代ですので、30ドルは10800円、当時なら30ドルでAK-47が生産できたのかもしれません。竿竹屋かよ、と思われるかもしれません、下さいというとこれは20年前の値段ですという竿竹移動販売のように、ただ、単に事業仕訳に出た東大の先生が武器の値段を全く知らないど素人だったからでは、ともいえるかもしれませんが。
それなら大卒銀行員初任給が3000円だったと1950年のデータ出してその東大の先生に十倍の30000円で暮らせるか問うてみたいところですが、良く調べてみると事業仕訳にて東大の先生はインターネットで調べたら30ドルだった、とのこと。ううむ、ソースはインターネット、で通じる世界なのか。まあ、こうしたことは個人攻撃にもつながるのでやめましょう、そしてこれは極端な事例でしたが、専門書でも比較対象に不可思議なものが出されていることがあります。
例えばある著書では81式短距離地対空誘導弾とローランドミサイルシステムを提示し、後者の方が安く、第一線での運用にも適している点を強調し81式の調達を問題視するものがありました。ローランドは81式短SAMの半分程度の取得費用だ、とのことでしたが確かに81式短SAMは発射に際しての自動装填に際し装填台への搭載に人力を必要とする点や、信管が小型で尾部への装填が煩雑という問題点はありますが、運用思想が異なるものだという事を忘れてはなりません。
まず、81式短SAMはレーダーを搭載した射撃指揮装置一両と二両の発射装置を基本として編成しますので、一両でレーダーと発射機能を統括するローランドとは別の思想に位置する装備です。ローランドは装甲車に搭載し最前線で戦車や装甲車と共に運用するものなのですが、81式短SAMは師団の策源地での防空が念頭になっていたためです。このため、81式短SAMのレーダーは50km程度の対空捜索が可能であるのですが、ローランドの車載レーダーは小型であり、20kmから25km程度の捜索能力しかありません。
自衛隊では師団高射特科大隊を全般支援と直接支援に中隊毎に分けていまして、第一線防空はL-90高射機関砲や、現在は93式近距離地対空誘導弾により対処しています。つまり、第一線部隊向けの防空装備であるローランドと、後方拠点防空用の81式短SAMとを単純比較していましたので、より広い防空が求められる81式短SAMの方が高くなるのはある意味当然でしょう。専門家であればこの二つを比較するのは比較軸が違う事には気付くはずです。
実はこの話には続きがあります。とある軍事雑誌にて、スティンガーミサイルを八発ハンヴィーに搭載したアヴェンジャーと、93式近SAMを比較した際に、またしても安いのでアヴェンジャーを、という論調となっていました。93式近SAMは複合光学照準器と師団防空システムに連動させた効率的な対空戦闘が可能な装備です。対してアヴェンジャーは人力で照準し、防空システムとは連接していますが、官制は受けていません。つまり、性能面では93式近SAMの方がより高性能である、ということになります。
実はアヴェンジャーと93式近SAMの単純比較記事は第一線高射特科大隊でも、これはおかしいぞ、となっていた話を聞きまして、この評論を行った方はお世話になったことがある方でしたので、とある機会にこの点を聞いてみましたところ、依頼として、自衛隊装備の問題点を強調してほしい、という話が合ったそうです。これは、自衛隊装備に問題あり、という論調の方が売れる、という厳しい出版業界の事情があり、売れなければ雑誌は存続できませんので、難しいところですが。
ちなみに、凄くどうでもいい話で知り合いのかたで、公官庁で防衛を研究する方がいます。この方は、勤められる前にとある軍事専門誌に、実は強いイタリア軍、という特集を提案されたこと、日本軍死ぬまで抵抗・イタリア軍死ぬ前に投降、先の大戦では半分の数のギリシャ軍に敗北、エルアラメインでは逃げ遅れ、地中海にイギリス海軍が入るとイタリア戦艦は引き籠り、今度はイタリア抜きでやろうと揶揄される始末で、某アニメではイタリア戦車を装備するアンツィオ高校は一コマで全滅していましたし。
ただ、確かにイタリア海軍人間魚雷部隊の活躍や、マルタ島攻防戦でのイギリス海軍への壮烈な航空攻撃、空挺部隊はイタリアも物凄く頑張りを見せましたし、エルアラメインではアリエテ戦車師団が最後まで抵抗、戦後もNATOでは巡洋艦隊により地中海防衛に睨みを利かせ1992年にはソマリア派遣で誤射してきた米軍航空部隊を対空戦闘で撃退しています、頑張れば強いイタリア軍なのですが、出版社の方からの返事は簡潔なものだったとのこと、強いイタリア軍本は売れない。
さて、前述の著書ですが、あさぎり型護衛艦とドイツの輸出用フリゲイトMEKO型やイギリスの23型フリゲイトを比較し、あさぎり型が高いことやVLSを搭載していない点などを問題視していました、ただ、あさぎり型は必要に応じヘリコプター二機を搭載する満載排水量4800tの大型艦でして、対してMEKO型は各型概ね3500t前後、提示されたのはトルコ仕様のヤウズ級でこちらは2950tですので、大きさが違います。もちろん搭載機器により建造費は異なりますが、同程度の能力を有する艦の場合は大型の方が建造費が大きくなる。
搭載機器というのは、例えばどんな艦でもイージスシステムを搭載すれば高くなります、そういう話でして、あさぎり型は汎用護衛艦で基準排水量3500tにたいし、兵装と燃料に各種物資を搭載した満載排水量で4800t、対して多目的フリゲイトとして汎用護衛艦と同等の運用を行うヤウズ級は2950tで、これは地方隊用の護衛艦あぶくま型2800tの方が多きさとしては近いのですが、遙かに大型の護衛艦と比較し、海外製の方が安い、と指摘していたわけです。
ただ、ここで気になりましたのは、あさぎり型の要目で基準排水量3500t、ヤウズ級は排水量3000t、と記載されていたことです。満載排水量と基準排水量の違いは上記に記したとおりですが、記載したように単位として違います。まさかとは思いますが、満載排水量と基準排水量を混同して同程度の大きさと誤解して比較していたのか、意図的に比較対象の艦艇を大きく見せようとしていたのか、前者であれば別に単なる知識不足ですが後者となれば少々気持ちのよくないはなしでしょう。
護衛艦の満載排水量は、旧帝国海軍が基準排水量を主として発表していた影響でしょうか、基準排水量のみ防衛計画等に明記されるのですが、あまり昔の書籍となると、混同しているのではないか、という記載を稀に見かけます。早い時期から満載排水量を取材し、著書に反映していたのは朝日新聞の田岡俊次氏くらいしか思いつきません、田岡氏は就役直後にイージス艦こんごう型を満載排水量9500tと記載しています。もっとも、海上自衛隊の方に聞くと、別に隠しているわけではない、とのこと。
満載排水量と基準排水量ですが、実は先ほどの著書を更に読み進めてゆくと、もしかして混同している方もいるのではないか、という部分として、おおすみ型の話が出てきます。当時まだ計画中の大型輸送艦でしたが、おおすみ型の問題点としてやはり建造費の高さが指摘されていました。しかし、比較されていたのがホイットビーアイランド級ドック型揚陸艦で、この説明に排水量で輸送艦おおすみ型の二倍の大きさがありながら、建造費はホイットビーアイランド級の方が安い、というもの。
ホイットビーアイランド級は満載排水量で15700t程度ですが、おおすみ型輸送艦の満載排水量は14000tでして、二倍ではなく一割少々大きい程度です。ただ、おおすみ型は8900t型輸送艦と言われていまして、8900tと15700t、基準排水量と満載排水量の違いを無視して比較すれば二倍といえないでもありません、14000tの二倍程度が15700tと計算間違いするのと、基準排水量と満載排水量の混同はどちらも残念な印象を受けてしまうのですが、恐らくは後者の方だったのかもしれません。
ただ、満載排水量と基準排水量の勘違いは色々と広くあるのかもしれません。例えば個人的に軍事シュミュレーションノベル業界の西村京太郎と呼ばせて頂いている、多くの著書を短期間で執筆されている方の著書で、もう一回湾岸戦争が起きて自衛隊が活躍する話でしたか、ソ連原潜と米空母が衝突して原子炉が大変な話になる話でしたか、それ以外でしたか、はつゆき型を見た印象として、排水量に対して搭載しすぎという印象がありますな、という表現が出てきます。
はつゆき型は満載排水量で4000t、後期艦で4200tですので、搭載している装備は、NATO加盟国の4000t級と比較すれば、しっかりと搭載してはいますが、搭載しすぎというほどではありません。イギリスの23型が満載排水量で4200tですので、ね。ここで積み過ぎ、という表現の背景にも、もしかしたらば基準排水量2900tという数字をのみ注視し、欧米の満載排水量3000t前後の水上戦闘艦と比較した、という背景があるのかもしれません。もっとも、此処については推測なのですが。
このほか、航空機でライセンス生産すれば高くなるので、同じ機種でも高くなるので、それならば輸入して多数を装備したほうが良い、という論調も先ほどの著書にありました。この点については、直輸入しますと予備部品や整備基盤などが国内にできなくなるためどうしても不足するので、稼働率が落ちてしまい、たとえばライセンス生産で200機導入するのと、直輸入で300機導入するのでは、飛べる機体の数で直輸入300機の方が少なくなる点を過去の本特集で掲載しました。
更に気付くところはあるのですが、肝心のその本が書架の奥の奥へ行ってしまっていまして、更に個人批判にもなりかねませんので、ここまでとします。ただ、自衛隊装備に問題あり、という論調で本が売れるというのならば、そろそろ、いや自衛隊装備の方もかなり優れている、という本が売れるころなのではないかな、と。なんというか、あの頃は税金の無駄遣いを叩くことが一つの趨勢で、明らかに必要な公共事業でも税金の無駄遣いだ、と叩かれていましたからね。
自衛隊装備でも国産装備の役割はしっかりとあるのだが、その頃の読者層が求めていた、叩くことに目的化した書籍の偏った知識が普及してしまった可能性があるわけです。北大路機関はこうした売れる売れないという出版のしがらみに関係せず、書きたいことをかけるわけなのですから、こういうところで、流されずにやっていこう、とも。ここが国産防衛装備万歳なのは、読者への配慮、中でも、同期や友人で防衛産業に進んだ人が多いからでは、呑みに行ったときにイビラレるからでは、と思われるかもしれませんが、・・・、いや、・・・・・・、まあ、・・・・・・・・・・。うむ。・・・そんなことはないですよ。・・・ホントだよ。
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