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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

安倍総理在任期間歴代最長と戦後レジーム脱却【3】憲法,見たくない現実に蓋をする戦後政治

2019-12-07 20:05:57 | 国際・政治
■自衛権は諸問題の入り口
 憲法問題は、見たくない現実に蓋をする政治というものを支持する世論が在る為に現在の政治は現状に収斂しているのではないかという印象があります。

 歴代最長内閣となりました安倍内閣ですが、憲法改正、特に環境権やプライバシー権のような日本国憲法制定当時には希薄であった概念ではなく、憲法制定当時から旧憲法との最大の相違点である軍備の否定というものは、やはり改憲が議題となる際には防衛力を、軍隊では無い防衛力として創設された自衛隊を含め、一つの争点となる事は不可避です。

 憲法の問題は日本国憲法制定当時に我が国の防衛は事実上連合国、中でもアメリカ軍により為されていました、イギリス軍も進駐しており小規模な駐留はさらに多くの国々が参加していますが、日本国憲法制定当時には事実上防衛力については警察官の短銃まで規制されており、米軍の庇護は不可欠と言うよりも憲法が機能する上で前提であったわけです。

 戦争放棄を掲げ本当に非武装を貫き経済発展したならば、周辺国が占領して、その統治下で憲法を買えられる懸念が。このため、続くサンフランシスコ平和条約締結により外交自主権が返還されますと、同時に日米安全保障条約が締結され、謂わば国際法上の無主地が如くの状況からアメリカ軍の関与により防衛城の空白地域の問題を払拭する必要が生じた。

 日米安全保障条約により再軍備以前の日本国土が、新しい係争地となる危惧を払拭した構図です。ただ同時に経済力や反戦機運により、世論は自主防衛力整備に積極ではなく、政府も本土決戦のような状況を除けば積極的に防衛力を整備せずとも地域安定化には在日米軍の存在が大きく、これは時間的にも段階的にも政治も世論も意識定着化が進んでいます。

 軍事力の放棄、上記の段階的とは、憲法制定当時はもちろん日米安全保障条約締結当時まで、沖縄県全域、鹿児島県島嶼部、小笠原東京都島嶼部、この三地域がアメリカ統治下にあり、言わば北海道を除けば日本本土に外敵が侵攻する際、確実にアメリカ統治領と米軍を攻撃する事となり、これは現実的に不可能といえるほどの軍事的障壁を為しています。

 日本周辺の離島は全てアメリカ統治下に。憲法制定と安保条約締結当時のこの状況があったため、また時を同じくして緊張下の朝鮮戦争では日本本土に国連軍が、国共内戦激化により台湾海峡危機が深刻な状況にあった際は沖縄がアメリカ統治下でした。国共内戦では大陳島撤退作戦にて民国軍が瓦解せず台湾島へ撤退するべく第七艦隊が支援しています。

 台湾海峡危機とともに、朝鮮戦争では日本本土駐留第1騎兵師団と第24歩兵師団をいち早く投入していました、もし在日米軍抜きに朝鮮戦争や台湾海峡危機が生じていた場合、何らかの措置、再軍備を行っていなければ九州や南西諸島まで飛び火していた可能性は当然あったでしょう。しかし起こらなかった、その結果政府も国民も危機を経験していません。

 核の問題、同盟と自主防衛に関する命題はもう一つの難しい問題として、核エネルギーや核抑止力にも連関します。核廃絶を求める我が国は核不拡散条約や包括的核実験禁止条約の制定に非核保有国としては制定への関与を行っていますが、単純な核兵器禁止条約にたいしては、もちろん核兵器禁止条約には原則宣言にちかい、効力の怪しさはありました。

 核兵器禁止条約はソフトローとしての機能が重視され、核軍縮への効力が薄いというよりも、核実験直前まで北朝鮮が批准の意志を示していたように、核不拡散条約の効力を回避させる懸念がある背景も無視してはならないのですが、アメリカの核抑止力、これに依存せざるを得ない日本政府の、選択肢が事実上ないという実情も無視してはなりません。

 アメリカの核抑止とは。日本国内を戦略核により核攻撃したならば在日米軍と米国市民が巻き込まれ、アメリカからの戦略核による報復があり得る、こうした抑止力に依存する関係から積極的な指針を特に安易なレジーム形成に参画できない難しさがあります。対米追従としてアメリカ寄りの姿勢を批判する方の中でも自主防衛まで踏み込んだ対案は少ない。

 これは核兵器保有を含まない場合やニュークリアシェアリング、も含め、ここの選択肢を閉ざしています。現在、北朝鮮核攻撃の脅威に対してはイージスミサイル防衛システムと新たに導入する陸上配備型ミサイル防衛システムイージスアショアにより対応する計画ですが、日本一国ではミサイル防衛技術の開発ができません、実験さえも幾つかの制約が。

 ミサイル防衛、迎撃実験をしようにも実験弾が無い為です。音速の十五倍で落下するミサイルの迎撃を試験するためには相応の速度を有する実験飛翔体が必要ですが、日本独自に実験飛翔体を開発した場合、衛星迎撃兵器か中距離弾道弾か極超音速滑空兵器の開発と同一視される懸念があり、ミサイル防衛さえもアメリカの協力下でなければ難しい実状です。

 エネルギーとしての核問題、これは若干系統が異なりますが、福島第一原子力発電所事故、ここに繋がる我が国原子力開発の根底が、そもそも第二次世界大戦がエネルギー確保を要因の一つに見いだせる実状を忘れてはなりません。実際、発電用核燃料の到着を現在のリベラルな全国紙でさえ、平和の火、として1950年代に歓迎しました背景には大きな意味が。

 第二次世界大戦への反省、大きな意味とは、これで石油を巡る国際紛争から、発電用核燃料に部分的にシフトする事で距離を置くことできる旨を含むものでした。火山性地形の環太平洋弧状列島に原子力施設を置くことは非常にリスクはありますが、南方資源確保を念頭とした先の大戦の惨禍よりはまともである、として他に選択肢が無かった為でしょう。

 原子力開発か石油確保か、謂わば“ペストかコレラか”の選択を選んだ故といえるのかもしれません。エネルギー、日本国内には天然資源としては、南西諸島近海の天然ガス田を除けば産業基盤を維持できるほどの油田やガス田はありません。再生可能エネルギーも原子力と化石燃料を置き換える程の水準となるには、もうあと数段階の技術革新が必要です。

 脱原子力と安易に掲げましても、化石燃料依存には、ステイクホルダーとして、いわば世界のエネルギー問題には防衛協力と行使を含め関与する、これが現行憲法で出来ない以上、原子力開発を進め一定の動力を確保できることが軍事力を正面に出せない我が国が、経済力を維持し国民生活を支える上での政治の責任として原子力を推進させた背景があります。

 戦後レジームからの脱却、ここに憲法改正による自衛権明記による自衛権の再確認が筆頭となることの背景は、戦争できる国、という事ではなく、戦争を強いられた場合に戦争できないことを理由に国民生命を差し出すという、日本が戦争放棄した状況下で戦争が日本放棄を迫った場合という懸念を払拭する事にあるのですが、歴代最長政権であっても、この問題は簡単ではないようです。自衛権は解決ではなく諸問題の入り口なのですから、実際、危機が迫るまでは難しいのかもしれません。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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