私は、行動することも好きだが、考えることが好きである。また、考える構造を探ったりで、考えることを考えることも好きである。
何で、そうなったのかは謎である。幼稚園のころに、マジックインキの空き箱でおもちゃをつくっていたら、そのことで、考えることが好きなんだねと先生から言われた。意外と、そんなことが自分の深層にあって、人生を通しての「傾向と渇望」となり今まで影響を与え、そして自分の人生の最後に連なっていくかもしれない。
私も、いつの間にか還暦を迎えた。
ただ、これから残りの人生をどのように生き、何をして過ごしていくかは、とても大事な課題だと思う。
世の中で、生きていくのは大変である。そのため、企画とか計画というプロセスがあり、より旨くことをなす企てをする。先憂後楽といったものなのだろう。
誰でも大なり小なり企画とか計画はする。文章にしないまでも、今日は何を食べようかから始まり、納涼会や旅行、受験などもある。そして、社会人になれば、報告書や企画書、計画書の嵐になる。
その中で、企画、計画にも二つのタイプがあると思う。一つは誰かから課題を与えられるタイプだ。上司から与えられたテーマで企画をしたりする。家族から頼まれたりすることもあろう。そして、このタイプはさまざまな情報もあれば、企画や計画のやりかたを丁寧に教えてくれる本なども沢山ある。
そして、もう一つはテーマすら、本来自分で決めていく企画・計画である。ライフデザインというものもあるが、これもお金の話や趣味とか人脈とか、それなりのノウハウからなるが、自分は何のために生きるのかという、もっとも基本的な問いかけに答えてくれない。
では、世の中にはそういった分野に、何の手立てもないのだろうか?恐らく、哲学・宗教といった分野が一つのリファレンスになろう。さらに、個々人の成育史等を射程におさめた臨床心理学の知識も大切だと思う。しかし、どういうわけか、かつての私も含め、その手立て、あるいはそのきっかけを知るひとは少ない。
これから、生き甲斐の心理学をベースに、人生何をすべきかを、のんびり考えてみたい。
新ライフデザイン 1/10