なんでも(現場に行って)よく実情を調べる。これがものごとの出発の基本であろう。
これは別にテレビの探偵もので、ベテランの刑事がよく語る、「現場百遍」などと同じことだが、今朝新聞を読んでいて、それを痛感した。
これはアフリカのスーパーにはアメリカやヨーロッパの企業の製品は並んでいるが、日本の製品はほとんど並んではいないと、あるアメリカの企業コンサルティングの人が言っていると書かれていた。
現状を知る。そこからなんでも始まる。その後、そのコンサルタントは「アフリカの現状をよく知る人をスカウトするとか、地元の人に権限を与えて任せること等が大切と」その記事にあった。
これは武谷三段階論でいえば、まず「現象論をきちんとはっきりとせよ」ということにあたる。その次の段階をどうするかははっきりとはしないとしても。
また、森永ヒ素ミルク事件では被害の現状を保健婦さんが足を運んで調べた。これにあたる。その結果が公衆衛生学会での丸山報告となった。それで専門家レベルでも森永ヒ素ミルク事件が問題として再度クローズアップされた。
それ以前の段階では一度専門家たちにも見放された森永ヒ素ミルク事件が再度問題とすることができたのはこの現状を知るという、試みが地道にされて、この現状の事実は誰もひっくり返すことができなかったからであろう。
科学の問題は客観的に決着がつく。そうでなければ、それは科学的な問題ではない。
信条以前に科学の問題を論じよう。信条はその後でと白熱バークレイ講義で物理学者のムラ―教授が言われるのはそのことを指していると思われる。
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