於札内 ⇒ 砂川大橋 トレッキング月日 ’16/03/07
孤独感を楽しみながらのスノーシュートレッキングは、想定していたより早いゴールとなった。考えようによっては「さらに先へ」という選択肢もあったが、この日は予定どおり「砂川大橋」でスノーシューを脱いだ…。
「高田五号線川」を迂回して石狩川河岸に近づくと、対岸のずっと遠方にスキー場が目に入った。スキー場の形状が私も良く滑ったカムイリンクス似ていたが、地理的には違うように思われる。はたしてどこのスキー場だろうか?
※ 砂川大橋が近づいたときに遠くに見えたスキー場はどこのスキー場だろう?
足元を見てみると、細い木の枝(幹?)の皮が丸ごと剥がされているのが目に入った。これまでも時々目にした光景である。その傍には動物の糞もあった。足跡の形状、糞の形からするとエゾシカのものではと思えた。食べるものの少ない冬期間は、大して栄養があるとも思えない、こうした若木の皮を食べて空腹を癒していると思われる。
※ このように若木の枝(幹?)の皮を食べた痕があちこちにありました。
そうこうしているうちに、対岸に三角形のとんがり屋根が見えてきた。その特徴的な屋根は「砂川オアシスパーク」の管理棟である。2年ほど前に砂川市内のフットパスコースを歩いたときに立ち寄ったことのある施設である。
この施設が見えてきたということは、ゴールの砂川大橋も近いということを意味していた。
※ 対岸に特徴的な三角形のとんがり屋根を載せた「砂川オアシスパーク」の管理棟です。
時計を見ると、まだ11時になったばかりである。この日が雪の状態から今シーズンのスノーシューの最後になりそうに思えたので、目的地を変えて「今シーズンの目標だった新十津川まで行く」ということも視野に入ってきた。そのことを幾度も検討しながら歩を進めた。
※ この日は写真のような前を遮るようなところは少なかったです。
そんなことを考えながら歩を進めている時、私の行く先に、あきらかにスノーシューで歩いたと見られる跡が続いていた。そのスノーシューの跡はたぶん前日のものと思われた。
私と同じように石狩川河岸を遡っている人がいるんだろうか?それとも砂川市が近いので、ちょっとだけ河岸を散策された方なのだろうか?
※ 良く目を凝らして見てください。スノーシューの跡が微かに残ってました。
ちょっとした灌木地帯を抜けると、この日で三つ目となる流れに遭遇した。「赤川」の流れである。
けっして大きな流れではなかったが、この川も水の流れの勢いを見ると渡れそうにもなかったので、迂回することにした。
それでも途中まで遡ったときに、ちょうど橋のように流れに横たわっていた木があったので、そこを慎重に渡って乗り越えた。
※ この日三つ目の掘割り「赤川」の流れです。どこにも渡れそうなところはありませんでした。
※ ところがしばらく行くと、ちょうどうまい具合に渡れそうなところを見つけ、無事に渡るこどできました。
再び石狩川に近づいてみると、「砂川大橋」が遠くに望むことができた。
「新十津川まで行こうか?」と検討してみたが、両腿(大腿部)の痛みが気になった。砂川大橋から新十津川まで行くとなると、少なくとも4時間は見なければならない。この後、痛みは増すことはあっても、軽減することは考えられない。辛い思いまでして取り組んでいるものではない。楽しいからこそのスノーシュートレッキングである。そう考えてスノーシューを脱ぐ決断をした。
※ 石狩川の向こうに一直線に伸びているのが「砂川大橋」です。
この日の最後の石狩川の姿を写真の納め、砂川大橋を目ざした。
砂川大橋の袂に立ち、スノーシューを脱いだのは12時05分だった。
※ 「砂川大橋」の真下から橋を望んだところです。
※ 今年最後の儀式、スノーシューを脱いでハイパチリ。
スノーシューを脱いだ後、およそ3キロ歩いて、都市間バスの停留所がある市立病院前に着いた。
そして14時35分発の都市間バスに乗り、16時ちょうどに札幌に帰り着いた。
※ 砂川大橋の橋上から下流を写したものです。
※ 同じく砂川大橋から上流を望んだ一枚です。来シーズンはここからタートです。
ライブレポ6でも記したが、この日が今シーズンのスノーシュートレッキングの最後と決めた。シーズン前には、今シーズンの目標を「滝川まで!」と内心思い定めていたが、残念ながら目的地には届かなかった。しかし、今シーズンはこのプロジェクトを始めて3年目だが、最も多い5日間をこのために費やした。
その一日一日は、私にとって何にも代えがたい充実した日々だった。それでいいではないか!
届かなかった滝川、そしてその向こうまで…。来シーズンまた取り組めばいいのだ。石狩川はいつも待っていてくれるはずだ。私の体調、意欲が今シーズンと変わらなければ、という但し書き付きだが…。今シーズンは一応の終止符を打とう。